2010年06月01日

ど素人南イタリア旅行記(その7)

3−5、南イタリア旅行5日目(5月30日) チーズ工場
 
 不眠にもならず、体調も大きくは崩さず、5:00ちょっと過ぎに起床。Dちゃんはまだ寝ていたいと言うし、朝食にも早いので、一人で海を見に行く事にする。

 外に出ようとすると、ホテルのおじさんに声をかけられた。
「Case(ケース)! Lift(リフト)!」
 え、何?
 英語分かんないよ〜

 固まっていると、イタリア人らしい激しいジェスチャーで、
「箱を、ここに置け!」
 という形に腕を動かす。
 どうやらスーツケースを出せと言っているらしい。

 でもまだ、添乗員さんの言っていた「荷物を出す時刻」になってないし…… 私がこのまま部屋に帰って来ないと思っているのかな? 何も言わない私に、おじさんはいよいよ激しく、
「箱を、ここに置け!」
 を繰り返す。

「I(アイ) know(ノウ).(知ってます)」
 ふう、ようやく解放してくれた。

 5分と歩かずにすぐ海だ。
 うっとりするほど美しい海辺の風景……
 はそこにはなく、鈍色の空から暗い海に向かって激しい雨が降り注ぐばかり。黒い砂浜をカモメがとことこ歩いている。何だか小学校6年生の時に行った臨海学校を思い出す。3泊4日の間、1日も晴れなかったんだよね。
 昔から雨女だったなぁ、私。

 ホテルに戻る途中、砂と人を運ぶ子馬の列を見る。
 地元の人も馬が可愛いみたいで、通りすがりに口のあたりをポンと触っていくのが可笑(おか)しかった。子馬は雨の中でもおとなしく働いている。石畳の街でこういうのを見ると、中世にタイムスリップしたみたいだな。

 部屋に戻ると、電話が鳴った。
 すごい早口のイタリア語。
「Non(ノン) ho(オ) capito(カピート).(分かりません)」
 えーん、止まらない!

「I(アイ) can't(キャントゥ) understand(アンダスタン).(分かりません)」
 えーい、何語なら止まるんだ。
 よく聞いていると文章の中に「Case(ケース)」「Lift(リフト)」という単語が入っている。ああ、またスーツケースを出せって言ってるのね。

「Sì(スィー).(はい)Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」
 ようやくガチャン。
「今の、モーニングコールかなあ?」
「いや、モーニングコールはのりが外に行っている間にかかって来たよ」
 まだ荷物を出す時間じゃないのに……
 うわ、また鳴ってる!

「Breakfast(ブレックファスト).(朝ごはん)」
 よし、今度は聞き取れた。
「Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」

 でもまだ朝食の時間になってないんだよね。
 ロビーに出ると添乗員さんがいたので、時刻が変更になったのか聞いてみると、困り顔で首を振った。
「ここのホテルは毎回訳が分からないんですよ」

 ためしに5階の食堂に行ってみた。
 やっぱり食事の用意は出来ていない。
 予定の時刻になってないもの。
 ロビーに戻り少し待って、再びエレベーターに乗る。

「あっ」
 急にエレベーターが止まり、電気が消えて真っ暗になった。
 おお、覚えた単語を使うチャンス!
「Aiuto(アイユート)ー!(助けてー!)」
「ここからじゃ聞こえないよ」
 Dちゃんにつっこまれる。
 一度叫んでみたかったんだい。

 すぐに明かりが点いて、無事食堂へ。
 いつも通り簡素で美味しいイタリアの朝ごはん。
 今回は特に塩が素晴らしかった。
 岩塩を砕いたのか、粒が大小様々で、ただのゆで卵が特別なゆで卵に変身。

 昨日相席になったカップルに声をかける。

「美味しいですね、この塩」
「私もうお土産に買いましたよ」
「素早い!」
「友達に塩マニアがいるんです」

 世の中には色んな人がいるものだ。
 勤め先じゃなく、そういう話を最初からしようよ。

 食べ終わって部屋に戻ったらまた電話。
 受話器を取ると無言。
 はて?

 私「Pronto(プロント)?(もしもし?)」
相手「Pronto(プロント)?(もしもし?)」
 私「Che(ケ)?(何?)」 
相手「Che(ケ)?(何?)」

 何じゃこのオウム返しは。
 どうせあのおじさんだろうと思い、そのまま待ってみる。
 しばらくすると、

「キー!キー!」

 何をキーキー言っておるんじゃ。
 あ、もしかしてkey(キー)?

「Chiave(キアーヴェ)?(鍵?)」
「Sì(スィー).(はい)」

 まだチェックアウトの時刻には早いってば!
 それでもすでに出発の準備が整っていたので、ロビーに行く。
 すると添乗員さんが先ほどのおじさんと英語でやり合っていた。

 事情を聞くと、
「ファックスを頼んだ紙がなくなっていて、そんなの知らないって言うんです!」
 大事なものらしく、えらい困りよう。
 これでツアーが頓挫しては大変。
 パソコンなどが置いてあるホテルの事務所に勝手に入り込み、ゴミ箱の中をのぞいてみる。

「もしかして、これ……」
「し、信じられない!!」
 そこにはビリビリに破かれた重要書類が。
 拾い集めてジグソーパズル。
 添乗員さん、仕事中だというのを忘れて本気で怒っている。

 その後もおじさんは、
「部屋の鍵を締めろ!」
 と他のツアー客に迫ったり、
「鍵が足りない!」
 と騒いで何度も、
「Uno(ウーノ),due(ドゥーエ),tre(トゥレ)……(1、2、3……)」
 と数えた挙句、
「分かった、分かった」
 というジェスチャーをしたり、全く落ち着きがない。
 
 Dちゃんと出した結論。
「彼はテンパってる」

 たぶんもともと時間通りに物事を進めるのが得意じゃなくて、にもかかわらず仕事で決められた時刻に動かなくちゃいけなくて、しかもそんなに上手く話せない英語も使わなくちゃいけなくて、日本人は細かい所にうるさいし、頑張らなければ!!

 ……と思うあまりに神経症的にパニックを起こしているのではないか。数を何度も数えるのもそのせいだろう。私も、
「世の中の速さに合わせよう」
 と思えば思うほど神経質になるので、他人と思えん。

 せっかちおじさんにせかせか見送られ(追い出され、の方が近い)バスでチーズ工場に向かう。
「今頃おじさんホッとしてるだろうね」
「『ああ、これだから日本人はイヤなんだ』って両手広げてるよ、きっと」

 アマルフィは本当に素敵な街だった。
 おじさんも含めて。

 雨はようやく上がり、青い空を巨大な白い雲がゆっくりと移動してゆく。山と海にはさまれたサレルノの街が右手に見える。
 とても美しい。

 1時間ほどでチーズ工場に到着。
 もっと工場工場しているのかと思いきや、製造施設はあっさりしていて、見学者のためにガラス張りになっている。チーズを固める工程より、原材料を生み出す水牛の管理に力を入れているようだ。

 万歩計のようなコンピュータを1頭ごと足首に付け、運動量・食事量を記録し、それによって出すミルクも調節するらしい。交配も人工授精ではなくメス30頭の中にオス2頭を交ぜて自然にしているようだ。

 ホルスタインの乳を使わないという時点で、すでに割高なのだ(水牛は乳量が少ない)それでも美味しいチーズのためにあえて水牛を選び、飼育に最善を尽くす。イタリア人の食に対する情熱には本当に感服する。

「わあ〜 牛さん!」
「驚かしちゃダメだよ」

 幼い娘と父親……ではなく、30歳夫婦の会話である。
 ああもう、大きな動物を見ると大人でいられない。
 牛さんたちはドロドロした土の上にいて、私たちが近付くと「興味津々」という感じでこちらを見る。しかし誰かのカメラのレンズがキラッと光ったりすると「ビクッ!」と一斉に後ずさる。
 みんな可愛い顔をしていた。

 工場と飼育場の見学を終え、いよいよ試食!
 私たちにとってはこのツアーのメインイベントと言っても良い。サラダ、堅めのパン、辛口ワインと一緒に、3種類のモッツァレラチーズが出て来た。

【三つ編みモッツァレラ】
 幅3センチくらいの長細いモッツァレラチーズが、三つ編みになっている。日本では1度も見た事のない形。ナイフを入れると白いミルクが染み出てあふれる。硬さはやわらかいゴムくらい。少し塩味があり、噛むと、口の中にさわやかでうまみのある液体がジュワッと広がる。3種の中で1番美味しく感じた。

【丸いモッツァレラ】
 大きさは5センチほど。形は日本のものに1番近い。でも味は段違いに上等。三つ編みモッツァレラよりジューシーで、ミルクの味が強い。塩味はなく、舌触りもまろやか。美味。

【スモークモッツァレラ】
 大きな塊だったものが薄切りになって出て来る。わらじ形。
 Dちゃんが、
「エリンギみたいな歯ごたえだね」
 と言うので笑ってしまった。
 確かに縦にすじがあって、ちょっと硬い。パサッと乾いているのだけど、香ばしくて美味しい。Dちゃんがスモークで茶色くなった部分を残していたので、
「これが美味しいんじゃないのー!!」
 と奪い取ってツルツルっと食べた。

 試食と言うから少しずつなのかと思いきや、どれも大量。
 腹に詰め込めるだけ詰め込んだが、全部は無理。
 日本のものより100倍美味しいチーズを皿に残していくなんて。悔しい!! お土産用はプラスチック容器に丸いモッツァレラが10個ほど入っている。
 5ユーロ。

「のり、買う?」
「日本で買うよりずーっと安いよ。でも運ぶ間に味が落ちちゃうし、暑さで腐っちゃう可能性もあるし……」
 しばし悩む。
「いいや。もし上手くいかなくても、思い出のために、買おう!」

 満腹の腹を抱え、バスでカゼルタの王宮へ。
 ここは「スター・ウォーズ エピソード1」のアミダラ女王の住む宮殿として、ロケに使われたそう。
「ああ、この階段に座って、ヨーダがね……」
「そんな所にヨーダは出て来ません」

 ナポリの職人さんたちが丹念に作り上げた豪奢な内装に感嘆しながら、いくつかの大きな部屋を回る。
 中国の壺のようなものを発見。
 大昔にここへやって来たのね。

 建物の見学の後は庭園で1時間のフリータイム。
 たいそう広いので(全長3キロ)馬車とバスが走っている。

「どうする?」
「チーズ食べ過ぎたし、歩こう」

 巨大な池の横をのんびり進む。
 池には小さな魚が沢山泳いでいて、何かが落ちて来るとすばしこくその一点に集まって来る。池を囲む柵には小鳥が等間隔にとまっており、私たちが近くに行くと次々飛び立つ。私はこういう小さな生き物の動きを見るのが大好きだ。道沿いの緑の木々からは、美しい鳥のさえずりも聞こえる。
 乗り物になんて乗らなくて良かった。

「のりと一緒だと旅行も楽しいな」
「え? そう?」
「今朝のおじさんみたいに『どこにでも神経質な人っているんだ』って分かったりさ」

 Dちゃんは旅行の準備中、ワクワクした様子を全く見せなかったので、本当に行く気あるのかなぁ? 私に合わせて無理しているのかなぁ? と不安だった。けれども私と違うやり方でささやかに喜びを見つけているようで、嬉しく思った。

「ところでさ、添乗員さんの日本語、気にならない?」
「Dちゃんも?!」

 個人的に話す時はそうでもないが、バスの中で観光地の説明を始めると、とんでもない言葉の使い方をする。丁寧にしようとするあまり、自分に対して、
「教えていただけますので」
 と言ってしまったりするのだ(「お教え出来ますので」が正解)

「どうもバスに乗るとセキが止まらなくなると思ったら、そのせいだったか」
「乱れた日本語アレルギー?!」
 ツアー参加者にイライラしたり、添乗員さんの日本語にゴホゴホしたり、妙な所で困るのう。

 集合時間前に王宮内の bar(バール) に行き、私は caffelatte(カッフェラッテ)(温めたミルクにエスプレッソを少しだけ入れたもの)を飲んだ。

「Dちゃんは何も頼まないの?」
「移動中にトイレに行きたくなると困るから……」
「やりたい事より心配が先に立っちゃうのね」
「のりはやりたい事をきちんとやってるねぇ」
「当ったり前じゃん! 北海道でソフトクリーム、沖縄で豚足、イタリアでcaffè(カッフェ)(コーヒー)は当然でしょ!!」

 再びバスに乗り込み、一路ローマに向かう。
 Dちゃんと私はトイレ休憩にも行かず、よく眠った。
 たまに目を開けると、雨粒が窓にぶつかっているのに気付く。
 また天気が崩れて来たようだ。
 3時間ほどでローマ市内に入った時には持ち直していた。

「南イタリアの街より風景が普通だね」
 ナポリのような荒っぽさのない、近代的な都市。
 南イタリアは中部・北イタリアより発展が遅れている、という言葉をここに来て初めて意識する(ローマは中部に位置する)

「遅れている」
 ではなく、
「古さが守られている」
 の方が適切だな。

 しかしすぐにローマの「古さ」に度肝を抜かれる。
 東京にもあるようなビルとビルの間に、大昔の遺跡が忽然と現れるのだ。
「面白い街だね」

 宿泊先は「GRAND(グランド) HOTEL(ホテル) PALATINO(パラティーノ)」 ナポリの「Holiday(ホリデー) Inn(イン) Naples(ネイプルズ)」と同じようなビジネスホテルだ。
「こういう所は使いやすいけど、ちょっとつまらないよね」
 Dちゃんと私は変なおじさんのいるヨーロピアンタイプの小さなホテルの方が性に合うらしい。

 夕食は徒歩で近くのレストランへ。
 2人きりになれるテーブルを確保。
 ホッ。

 まずは野菜のリゾット。
 白いんげん豆・グリンピース・さやいんげんが入っている。
 そのままでも美味だが、粉チーズ(おそらく羊のミルクで作られたペコリーノ・ロマーノ)をかけるとさらに食が進む。

 サラダ(レタス・ニンジン・トマト)は自分でオリーブオイル・白ワインビネガー(酢)・塩をかけて食べる。シンプルなのに美味しい。

 saltimbocca(サルティンボッカ) は子牛肉に生ハムをのせて焼いたもの……と辞書にはある。けれどこの日は鶏肉だったので食べられた。
 助かった。

 別会計で生オレンジジュースを頼む。
 濃くてフレッシュ。
 Dちゃんが注文したacqua(アックア) gassata(ガッサータ)(炭酸水)も分けてもらった。
 甘くはない。
 荒れたのどに気持ち良い。

 途中、フォークを床に落としてしまった。
 ウェイトレスに声をかける。
「Forchetta(フォルケッタ),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(フォーク、お願いします)」

「よく単語が出て来るね」
「不思議と思い出すんだよね」

 その言葉が話されている場所に行くと、日本でバラバラに覚えた単語が頭の中でつながってゆく感覚がある。オーストラリアにショートホームステイした時にも同じように感じた。このまま長く滞在していれば、イタリア語をもっときちんと話せるようになるのかもしれない。
 ああもう、明後日出発か。

 ホテルに戻ると、体調を気にしつつ風呂に入った。
 あとちょっとだ、頑張れ、私の体。
 早く帰って自宅のベッドで休みたいような、イタリアから離れがたいような、複雑な気持ち。

 この団体からは一刻も早く逃げ出したいが。

 夜は更ける。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:25| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする