2009年12月13日

ど素人「狂言」談義(その5)

・狂言と「家」

 ここでちょっと基礎知識の解説を。
 狂言には「大蔵流」と「和泉流」という二つの流派があります。
 しかし自分で狂言を習おうとするのでなければ、それほど気にしなくても良いと思います。

 狂言を単純に演劇として見る時には、流派よりも「家」が重要です。

 「家」というのは血縁関係・師弟関係でつながっている演劇集団、とでも言えば良いでしょうか。
 狂言公演のほとんどは、この家単位で行われます。

 私は「狂言との出会い」の章で簡単に「茂山家」と書きましたが、正確には「茂山千五郎家」といいます。
 京都を本拠地とし、東京公演も数多く手がけていて、狂言の「家」の中では最も活動的と言って良いのではないでしょうか。

 芸風は、とにかく親しみやすい。
 楽しく面白く、見る者を幸せな気持ちにしてくれる。

 可愛らしい若手狂言師が沢山いるのも心憎い。
 初心者向けの企画も多いですし、狂言に興味を持ったなら、まず最初に茂山家の狂言を見て欲しいなあ、と思います。

 陰陽師で有名な野村萬斎さんが所属しているのは「野村万作家」です。
 万作さんは萬斎さんのお父さん。
 だから所属という言い方も変な感じですね。

 こちらの芸風は、茂山家と全く違います。
 舞台上が常にピンと張りつめたような感じで、心地よい緊張感がある。
 そして一つ一つの動作がとにかく美しい!

 もちろん狂言なのでちゃんと笑えますが、狂言の持つ「美」の要素も味わいたい、という人には、野村万作家がおすすめです。
 また、萬斎ファンでまだ萬斎さんの狂言を見た事がない、という人がもしいるならば、もう何が何でも行ってちょうだい! という感じです。

 この二つの家はチケットぴあ等に公演情報が載っていますので、普通の劇団の劇と同じような感覚でチケットが買えると思います。
 ただし、野村萬斎さんが出る公演のチケットは、あっという間に完売してしまうので、発売日を忘れないよう気を付けましょう。
 茂山家は割と余裕があると思います。

 どちらの家もホームページがありますし、なんとファンクラブまであります。
(そして私は両方に入っています!)

 他にも狂言の「家」はいくつもあります。
 私は残念ながらそんなに色々な家の狂言を見てはいないのですが、山本東次郎家の狂言は心に深く残っています。

 山本東次郎家は、おそらく公演の告知をそれほど大々的にしていないのだと思います。
 私は放送大学の先生にチラシをもらったので、その日にちを知る事が出来ました。

 公演の会場である杉並能楽堂は、中野富士見町駅という地味な駅から、少し歩いた所にあります。
 宣伝だけでなく、会場の位置まで慎み深い感じです。

 着いてみると、なんと入り口に、
「山本東次郎」
 という表札が。
 つまり山本さんの家の敷地に、能楽堂がある訳です。

 私は狂言が始まる前に、まずこの能楽堂のたたずまいに感動しました。

 少々くすんだ色合いの古い木造建築で、窓が多く、電気の光なしで十分な明るさが保たれています。
 古典芸能である狂言には、自然光がよく合うと思いませんか?
 移築されたという能舞台は風格があり、それでいて親しみやすさもあります。
 人間にたとえるなら、謙虚だけれども誉れ高い過去を持つおじいちゃん、といった所でしょうか。

 客席は畳敷きで、一人一人座布団の上に座ります。
 ちゃんと段々になっているので、舞台が見えにくいという事はありません。

 簡単な解説の後、まず若手狂言師が『文蔵』と『縄綯』を演じました。
 どちらも演者の意気込みと緊張が伝わって来て、ついこちらまで手に汗にぎってしまいました。

「頑張っているんだなあ! 若さって良いなあ!」

 と言えば言えるし、客席までハラハラさせるのはいかがなものか、とも少し思いました。

 別に動きがぎこちないとか、セリフ回しが危なっかしいとか、そういう訳ではないのです。
 たぶん彼らにとってこの舞台があまりに重要で、その切実さが表に表れ過ぎたのでしょう。

 その後で山本東次郎さんの『木六駄』が始まりました。
 さすがに家の当主の演技には余裕があって、ゆったりと安心して見られます。
 若手との対比があったせいで、余計にそれが強く感じられました。

 『木六駄』は冬の狂言です。
 詳しいあらすじは省略しますが、牛を追いながら雪道を進んでゆく場面がとても有名です。
 牛も、雪も、実際には舞台に出て来ません。
 演者の身振りだけで、見えないそれらを見せてしまうのが、この狂言の一番の見どころです。

 折りしも、その日は極寒の曇り空。
 東次郎さんが笠をちょこっと持ち上げて雪の降り具合を確かめる所で、思わず私は、

「あれっ、雪が降り始めたのかな?」

 と窓の外を確認してしまいました。

 場所良し、内容良し、天候良し。
 入場料が非常に安価(大人二千円・学生千円)であったにも関わらず、大満足の公演でした。

 地味だけれども味わい深い。
 それが私の山本東次郎家の印象です。
 能のポスターで名前を見る事も多いので、観劇のチャンスは意外と沢山あるかもしれません。

 話は少しずれますが、私はこの山本家の公演に友人を連れてゆきました。
 この本の「はじめに」に出て来た人とは違いますが、やはり狂言を見るのはほぼ初めて、という人です。
 自分の趣味に誰かを付き合わせるというのは、けっこう緊張しませんか?
 特に狂言は、笑えるとは言ってもテレビのお笑い芸人のように、爆笑を連発させる訳ではないですし、独特なセリフ回しや古風な言葉のせいで、登場人物どうしのやり取りが理解しづらい時もあります。

 彼女は公演の後で、

「『文蔵』はちょっと眠くなったけど、『縄綯』と『木六駄』は面白かった。」

 と言ってくれました。

 そして何より、杉並能楽堂の雰囲気を気に入ったようでした。
 彼女は大学で建築を専攻していたので、私より深く思う所があったのでしょう。

 友人を趣味に誘うのは、不安が大きい分、成功した時の喜びも大きいです。
 これからも迷惑にならない程度に、試みていきたいと思います。
posted by 柳屋文芸堂 at 21:52| 【エッセイ】ど素人狂言談義 | 更新情報をチェックする