2009年12月13日

ど素人「狂言」談義(その8)

・いつか見てみたい演目

 ここまでは、私のそれほど多いとは言えない狂言鑑賞経験の中から、思い出深い演目について語って来ました。
 ここからは、まだ見ていない、憧れの演目について書いてみようと思います。

 まず最初に『菓争(このみあらそい)』

 一つの狂言に出て来る登場人物は、二〜三人である事がほとんどです。
 しかし主役とその相手の他に、同じ格好をした「立衆」と呼ばれる人々がわらわらと出て来る演目も少なくありません。
 当然の事ながら、そういった演目は大がかりになる分、舞台上が華やかになります。

 『菓争』はその中でも、一、二を争うほど派手でにぎやかな演目……らしい。
(想像含む。見ていないので、本当のところは分からないのが悔しい!)

 花見にやって来た「橘(たちばな。要はミカン)の精」の一族が、山の大将である「栗の精」に因縁をつけられた事から始まる、橘軍と栗軍の壮大な戦いの物語。
 「菓」は古語で「木の実・くだもの」という意味ですから、題名そのまんまの内容ですね。
 ロード・オブ・ザ・リングなみ、とまではいきませんが、なかなかファンタジックでしょ?

 先に「一、二を争うほどにぎやか」と書きましたが、たぶん一位は『唐相撲(とうずもう)』です。
 こちらは、茂山千五郎家が一門総出演で上演したものを見ました。

(ビデオで、だけど。
 しかもNHKでやっていたのを自分で録画したものだけど。
 もちろん私の宝物。)

 この雰囲気が非常に魅力的だったんですね。

 私は『唐相撲』を見て、『オネアミスの翼』というアニメの「何でもない街のシーン」を思い出しました。
(おそらくアニメファンにとっては「ロケット発射シーン」が最も有名だと思うのですが、ここでは全然関係ない……)

「狂言でアニメを? 何ゆえ?」

 と驚かれるかもしれませんが、確かにこの二つの物語には共通点があるのです。

 『オネアミスの翼』は、地球によく似た、地球ではない星にある、一つの国が舞台となっています。
 主人公がブラブラする街も、高度成長期の日本の都市ようであり、けれど絶対に日本ではない、異世界です。

 日常とはっきり違う「剣と魔法の」異世界ならば、それはそれなりに入り込めるでしょう。
 しかし『オネアミスの翼』の街の、
「ココのようで、ココでない」
 微妙なズレは、浮遊感と不安感を生み出します。
 その何とも言えない感じがとっても良くて、私は大好きなのですよ。

 で、話を戻して『唐相撲』
 この狂言はその名の通り、唐、つまり中国で相撲を取る、という話です。

 けれども、この「中国」は、
「本当の中国」
 ではなくて、
「昔の日本人が想像していた中国」
 なんですね。

 狂言の中で中国人は、中国風のきらびやかな衣装を着ており、ちゃんと中国語を使います。
 それも「唐音(とういん)」という想像上のでたらめな中国語で、発音は明らかに日本語です。

「わんすい、わんすい、ちんぷるぱあ〜」

 などと、かなりバカバカしいのですが、これのおかげで中国でも日本でもない「異世界」が舞台上に現れるのも確かです。
 私の大好きな、
「ココのようで、ココでない」
 微妙なズレが生じる訳ですね。

 特に全員が退場する時の大合唱は、会場全体が唐音の不思議な響きに包まれて、恍惚としてしまいます。

 さてさて、最初に私が話そうとしていたのは『オネアミスの翼』でも『唐相撲』でもなく、『菓争』についてでした。
(遠回りし過ぎ! 読みにくいったらないよ)

 何故私が『菓争』に興味を持ったのか?

 それは茂山千五郎家が『唐相撲』の次の年に一門総出演で上演したのが『菓争』だったからです。
 見に行きたかったのだけど、京都公演と名古屋公演しかなかったんだよね……
 東京でも私の知らないうちにやっていたのかしら?

 とにかく見られなくて残念です。
 かなりの稀曲なので、次のチャンスがあるのかどうかも分かりません。
 ……暗くなっても仕方ないですね。

 さて、次にいきましょう。
 『菓争』と同じく「立衆」の出て来る狂言『菌(くさびら)』です。
 家に生えてきた大きなキノコが、いくら取ってもなくならないので、山伏に祈祷を頼みます。
 しかし山伏が祈れば祈るほどキノコはますます増殖し…… というお話。

 事件解決のために呼ばれた山伏が、事態をより悪化させる、という所が『梟』とそっくりですね。

 この狂言で「立衆」が演じるのは、何とキノコ。
 面を着けた人間が、笠をかぶってキノコのカサを表現します。

 野村万作さんのお話で知ったのですが、『菌』はアメリカ公演で、ベトナム戦争の風刺と受け取られた事があったそうです。
 どんどん増えてゆくキノコたちが、攻撃を繰り返してもどこからともなく再び現れて来るベトナム兵、に見えたんですね。

 キノコのカサのつもりの笠が、ベトナム人の象徴に。
 観客側の思想によって、劇の見方が変わって来る面白い例だと思いました。

 それでは私も、政治的な深読みがしたくて『菌』に興味を持ったのか?

 実は全く違います。
 単純に、菌類が好きなんですよ。
 キノコとか、カビとか。
 正確には菌類ではありませんが、「粘菌」という不思議な生物に夢中になった時期もありましたし。

 毒があったり有用だったり、色が鮮やかだったり形が気持ち悪かったりする生き物が、湿った暗闇でひっそりと育ってゆく。

「ああっ もう考えただけでゾクゾクしちゃう!」

 ……たぶん、この「ゾクゾク」、私と読者で意味が違う気もするのですが、どうでしょう。
 まあとにかく、その得体の知れない感じが、ナンセンスな狂言にぴったりだと思うのです。

 急に思い出しましたが、小学生の頃、私のあだ名は「きのこ」でした。
(マッシュルームカットだったためと思われる)

 「クサビラちゃん」と呼ばれるよりずっと可愛いですね。

 狂言から話題がずれる前に、次の演目にいきましょう。

 狂言師が初舞台を踏む事で有名な『靱猿(うつぼざる)』です。
 狂言の修業時代を表す決まり文句に、

「猿(靱猿)に始まり狐(釣狐)に終わる」

 というものがあります。
 実際は『以呂波』が初舞台、という狂言師も多いのですが、狂言の家に生まれると、三〜五歳くらいで『靱猿』の猿の役をやる事になるのは確かのようです。

 あらすじを簡単に紹介すると、ある時、狩りに出かけた大名は、猿引き(猿回し)に出会います。
 大名は、猿の皮を靱(武士などが背負う、太い筒状の矢を入れる容器。)にかけたいから、猿をよこせと言います。

 猿引きが断ると、
「猿引きもろともに射殺す」
 と弓矢を向けて来るので、猿引きは仕方なく、猿を杖で打ち殺そうとします。
 しかし何も分からない猿は、その杖を取って舟をこぐ芸をしてみせたので、猿引きはたまらず泣き出します。

 大名もそれを見てあわれに思い、殺すのをやめたので、猿引きはお礼に猿歌を謡い、猿を舞わせます。
 大名は喜び、褒美に扇や着物を与え、猿のしぐさのまねまでしてみせ、大団円、となる訳です。

 この「芸をする猿を見て泣く」場面、「かわいそうなぞう」の話を思い出すのは私だけ?
 かわいそうなトンキー!
 お前も戦時中なんかじゃなくて、中世に生まれさえすれば、殺されずに済んだかもしれないのに!

 私はダイジェスト版の『靱猿』をテレビで見たのですが、「かわいそうなぞう」なみにウルウルしました。
 猿引きの泣き方が、

「えーん、えんえんえん……」

 と子供みたいで(狂言では、泣きも笑いもリアルではないです)、それが不思議と胸に迫るんですね。
 トンキーのように悲劇で終わらず、後半は明るい展開になるのも感動的。
 大名とちっちゃな猿が一緒に月を見るしぐさをするのもメチャクチャ可愛いですし。

 ぜひともナマで見たい!
 とずいぶん前から思っていて、昨年、素晴らしいチャンスがあったんですね。
 野村萬斎さんの息子さんの裕基くんが『靱猿』で初舞台を踏んだのですよ。
 私も当然ファンクラブ会員先行予約をしたのですが……
 応募が多くて落選してしまったのです。

 そりゃそうだよなあ。
 『靱猿』はただでさえ人気のある演目である上に、狂言界のサラブレッドの初舞台だもの。

 それでも一般発売日にも頑張って電話をかけたりすれば取れたかもしれないのですが、ちょうど放送大学の卒論準備で忙しく、そのままにしてしまいました。

 もう裕基くんの『靱猿』は見られないのかなあ、と寂しく思っていたら、この間、ファンクラブから来たチラシに『靱猿』の文字が。
 ええーっ、と思い読んでみると、

「嚴島神社 宮島狂言」

 瀬戸内海まで行けってか!
 まあCoccoを見に北海道へ行った事もありますから、まるっきり無理という訳でもないですけどねえ。

 『靱猿』の猿はセリフなし(キャアキャアキャア、と鳴くだけ)で、重点が、
「猿らしいしぐさ」
 や、
「猿引きの猿の芸」
 にあります。

 『靱猿』を「動き」のデビュー演目とすれば、「セリフ」のデビュー演目は『以呂波』です。

 裕基くんの『伊呂波』(流派によってイの字が変わる)は見て来ました。
 短い話であるとはいえ、笑い要素のしっかり入ったセリフ劇です。
 小さな子供(裕基くんはたぶん四歳)には負担が大き過ぎるように思ってしまう長ゼリフ。
 急に次の言葉が出て来なくなったりしないか、ハラハラドキドキして、観客全員が裕基くんの母のような気持ちになっていたのではないでしょうか。

 目立ったトチリもなく舞台は無事終了し、観客席ではハンカチを目に当てている人がちらほら。
 私の目にも思わず涙が。
 子供のけなげな様子はやっぱり泣けるものです。

 おそらく数年後に、今の若手狂言師たちの子供たちが、続々と初舞台を踏む事になるのだと思います。
 彼らが大人になり、さらに茂山千作さんや野村万作さんのような名人になるまで、狂言を応援し続けられたら良いなあ、と強く願います。
posted by 柳屋文芸堂 at 21:48| 【エッセイ】ど素人狂言談義 | 更新情報をチェックする