2009年09月27日

ぬか漬け日記(その29)

   六月一日
 ぬか床はかき混ぜて冷蔵庫へ。しょうがも無くなったし、またすきを見て洋食。今夜はトマトソースのスパゲティだ。こんなに簡単で美味しい料理を発明した南イタリア人は偉大だと思う。もともとは、貧しい人々がお腹をふくらませるために工夫した食べ方だったらしい。チーズは肉の代用品だったというし、ワインは水より安い場合もあるという。チーズとワインが好き、などと言ったら、品のない娘だと判断されてしまうと、聞いたことがある。

 トマトソースにチーズとワイン。イタリアの貧乏人は、少々贅沢過ぎやしないか。

 杉浦日向子は漫画「東のエデン」の中で、開国直後(明治六年)の日本の食卓を、アメリカから派遣された男性の視点で、こんな風に描いている。

 日本人は、ただ、ただ、米を食べる。
 米を胃袋に流し込むために
 タンニン酸の溶液(緑茶)と
 二切れの大根の塩漬けを倶す。
 彼らの筋肉を作り、
 関節の油を補うのに、
 一片の肉も必要とはしないのだ。
 −−さればこその楽園だろうか?
 たしかにここには
 追放前の
 アダムとイヴがいる。

 前々から感じていたことだが、和食というのは世界的に見て、かなり油分が少ないのではないか。だし一つ取っても、日本はカツオとこんぶと煮干しである。他の国でも海に接した地域では魚介類を使う場合もあるけれど、大部分は肉のエキスがベースになる。当然、脂肪が入る。

 洋風化の進んだ現在ですらそうなのだから、開国直後の日本人の食事は、外国人にとってびっくり仰天であったろう。よくそんなもので生きていられるね、と。

 おそらく進化論的淘汰によって、油分が無くても平気な人間だけが生き残ったのではないか。食文化におけるガラパゴス、日本(この辺は私の勝手な推測なので、話半分に聞いてください)

 だから油っぽい洋食が続くと、胃がおかしくなり、やっぱり日本人は和食よね、ということになる。習慣である前に、遺伝子からしてすでに違うのだ、きっと。

 肉は必要としなかったのに、うまみは決してあきらめなかったのが面白いところだ。みそ、しょうゆ、納豆など、発酵によって植物性食品からうまみを引き出している。その最たるものが、ぬか漬けではないか。肉と一緒にして美味しくするのではなく、野菜そのものをうまみたっぷりにしてしまう。

 楽園のアダムとイヴに、ふさわしい知恵かもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 12:32| 【エッセイ】ぬか漬け日記 | 更新情報をチェックする