2008年10月23日

ど素人お茶談義(その3)

◇濃い目が基本、じゃダメらしい◇
 私は行く先々で、
「(性格が)濃い、くどい」 
 と言われる。自分ではいまいち納得いかず、
「こんなに真面目なのに!」
 と反論をすると、
「真面目に濃いんだよ!」
 などと追い討ちをかけられる。
 この性格の反映なのかどうかは分からないが、確かに私は濃い味のものが好きだ。塩辛さや甘さではなく、その食べ物が持っている個性が強く出ていれば出ているほど、美味しく感じる。
 当然お茶も「濃い目」で飲みたかったの、だが。
 結婚して間もないある朝の事だ。出勤前のDちゃんに飲んでもらおうと、ウェッジウッドの「イングリッシュブレックファスト」という紅茶を淹れた。二人用のティーポットに、封を切ったばかりの茶葉をスプーンで三杯さらさらさら。
「Dちゃん喜んでくれるかしら♪」
 お湯を入れてからきっちり三分待ち、カップに注ぐ。
「あれ……?」
 茶葉を多く入れたつもりはなかったのに、お茶の水色が妙に濃い。「紅」茶なのに「こげ茶」色。
「ま、これがこの紅茶の色なんだろう!」
 特に気にせず嬉々としてDちゃんの前にカップを置いた。
「どう?」
 ちょっと口をつけただけで顔をしかめる。
「苦くて飲めない」
「えー!」
「この紅茶、薄く淹れてさっぱり飲むのが好きなのに……」
 そういう事は先に言ってくれ、と思いつつ、申し訳なさが先に立つ。
「ごめんねぇ」
 朝っぱらから無駄にしょんぼりする二人。だが、落ち込んでいる暇はない。一口分しか減っていない紅茶のカップを残して、Dちゃんは会社に向かった。
 後に紅茶に少々詳しくなってから、この日の濃い水色の理由が分かった。「イングリッシュブレックファスト」の茶葉はよった葉っぱの形ではなく、コロコロとした小さい粒だった。これはCTC(Crush,Tear and Curlの略)というつぶし丸めて作る茶葉で、短時間で味がしっかり出るのが特長だ。つまりその名の通り、
「朝食時には濃いお茶を飲んで目を覚まそうぜ」
 という事なのだ。もちろんイギリス人たちは、
「苦いっ! 渋いっ!」
 と我慢しながら飲むのではなく、ミルクを入れてやわらかい味にする。
 Dちゃんがこの紅茶を知ったのは、私が誕生日にプレゼントしたのがきっかけだ。その頃私たちは遠距離恋愛をしていて(私は埼玉、Dは北海道で一人暮らし)
「あたたかいお茶を手軽に飲めたら便利だろう」
 とウェッジウッドのティーバッグセットを送った。Dちゃんはこれを紅茶の種類に関係なく独自の方法で薄めに淹れ、さらには何度も何度もお湯を注ぎ、「ティー」の味が消え「バッグ」の味しかしなくなるまで飲んでいたらしい。別に私の愛の証をゴミ箱にポイするのがたえ難かった訳ではなく、それが彼の習い性なのだ。
 ちなみに「独自の方法」というのは、
「お湯の上からティーバッグを入れる」
「ティーバッグを早めに引き上げる」
「お湯で割る」
 など。その時の気分しだいであれこれやるようだ。
 薄めを好むのは紅茶だけではない。Dちゃんの希望で、我が家の夕食時のお茶はほうじ茶に決まった。実家でもよく淹れていたお茶なので苦くなる事もなかろうと、適当な量の茶葉を急須へさらり。蒸らし時間ももちろん適当だ。
 香ばしい湯気の立つ湯飲みをDちゃんの前にトン、と置く。
「お店みたいな味がする」
「あらそう」
 褒められているのかと微笑んだ、次の瞬間。
「家で飲むには濃過ぎる……」
「ええー!」
 お茶を淹れるたび驚く私。
「お店では普通にほうじ茶飲んでるじゃん」
「あれは『お店のお茶だなー』って思いながら飲むんだよ。家で飲むのはもっと薄いの」
「知らないよ、そんなの……」
 ああ全く、旦那とは小さな異文化であるよ。どうやら彼の家では「ほうじ茶は薄く淹れるもの」と決まっているらしい。
「ティーバッグをあそこまで使い切るのもお家の習慣なの?」
「いや、あれは僕だけ。母親にもあきれられる」
 とにもかくにも、このように「薄味好み」の男と「濃い目が基本」の女が共に暮らすのは難しい。激しくぶつかり合う生活の中で(大袈裟)私は「二人ともが満足出来るお茶の淹れ方」を編み出した。それは、
一、平均的な量の茶葉をティーポットに入れる
二、お湯を注ぎ、ほんの少し蒸らす
三、お茶をDのカップに注ぐ
四、しばらく放置
五、お茶を自分のカップに注ぐ
 こうすればティーポットの上澄み部分がDへ、底だまり部分が私に、とそれぞれ違う濃さでお茶を淹れられる。お茶の種類によって二や四の蒸らし時間を調整する事はあるが、三と五を入れ替える事は絶対にない。
 このやり方でも失敗した場合、Dの分だけ、クセのない紅茶ならミルク、その他のお茶はお湯で薄める。何だかいい加減だなぁ、と自分でも思うけれど、お茶の淹れ方に正解や間違いはないのだ。それぞれにとって正しいお茶があるだけで。
「ゴールデンルール(イギリスの伝統的な紅茶の淹れ方)至上主義」は我が家にやって来る前に敗北した。しかしこんな私でも、「何もかも適当で良い」と思っている訳ではない。次はその辺のお話を……
posted by 柳屋文芸堂 at 11:29| 【エッセイ】ど素人お茶談義 | 更新情報をチェックする