2008年10月23日

ど素人お茶談義(その5)

◇ティースクールへ!◇
 結婚してしばらくは「二代目柳田のりこさんの教え」と『ためしてガッテン』のおぼろな記憶だけを頼りにお茶を淹れていた。しかしすぐに、自他ともに認める努力家(凝り性・オタク体質?)の私の心には、
「もうちょっときちんと勉強したいな。それに紅茶とほうじ茶だけでなく、もっと色々なお茶を試してみたい」
 という気持ちがむくむくと膨らんで来た。
 そんな頃、ふらりと立ち寄った新宿京王のれん街のルピシア(当時はレピシエ)で、「ティースクール」の存在を知った。基礎コース、本科紅茶・日本茶・中国茶コースがあり、それぞれ五回で一万五千円(注:二〇〇五年いっぱいでこの講座は終了しています)
「一回三千円かぁ。ちと高いのう」
 けれどもその時は、ため息と一緒にチラシをしまい込んでしまった。
 転機となったのはゴールデンウィーク。それまで仕事が忙しく、まとめて休みを取れなかったDちゃんが、珍しく十日間ほど家にいた。これ幸いと思う存分べったりくっついて暮らしたのがいけなかったらしい。休みが明けた途端、私は重症の「寂しい病」にかかってしまった! それまで別段平気だった「一日中独りで家にいる」専業主婦の生活がつらくて仕方なくなって、
「何でも良いから外に出たい!」
 と駅前のスタバか何かに行ってみても、誰と知り合いになれる訳でもない。ならばパートにでも出れば良いじゃないかと思うだろうが(自分でも考えた)家事と仕事と小説書きの三つ全てを器用にこなす自信がない。どうしたものかと悶々と悩んだ末、
「そうだ、習い事をしよう!」
 と思いついた。
「今、一番興味のある事……。小説教室は課題の〆切が多くて遅筆の私には厳しそうだからなぁ……。あ、レピシエのティースクール!」
 そう決めたものの、いきなり基礎コースを始めるのは不安だったので、一時間千円(注:二〇〇六年から三十分五百円に変更)のミニ講座「ミルクティーの作り方」を受ける事にした。電話で予約し会場である千駄ヶ谷のレピシエ本店に行くと、十人ほどの受講者が集まっていた。
「あれっ?」
 紅茶好きは女性に多い、という先入観から、てっきり先生も女に違いないと思っていたのだが、やって来たのは若い、優しげな男の先生だった。
「みなさんは、朝、紅茶を飲んで、胃の調子を悪くする事はありませんか? 実を言うと僕がそうなんです。紅茶の仕事をしているのに悔しくて……」
 見た目を裏切らない弱々しさ。気に入った。
「もし僕と同じように困っている人がいたら、朝の紅茶をミルクティーにしてみて下さい。牛乳に含まれる成分が刺激を和らげてくれます」
 先生はミルクティーに向くコクと渋みの強い紅茶の産地を紹介した。インドのアッサム地方。ケニア。セイロン(スリランカ)のディンブーラ・ウバ・キャンディ・ルフナ地方など。
「その中でも最も失敗の少ないアッサムティーを使ってテイスティングをします」
 用意されたのは同じ農園で作られたフルリーフ(よった葉っぱの形の茶葉)、ブロークン(フルリーフを細かく砕いた茶葉)、CTC(小さい粒の茶葉)の三種類。
「茶葉の形によってミルクティーの印象がどう変わるか、調べてみましょう」
 てのひらに載るほどの小ささの、単純な構造のティーポット(テイスティングポット)三つに、それぞれの茶葉を入れる。そして熱湯を注ぎ、きっちり三分待った。
「では、こちらのカップ(テイスティングカップ。小さなおわんのようなもの)の上にポットを横向きにかぶせて下さい。自分で注がなくても、自然にお茶が出て来ます」
 私だけが初心者かと思ったらそんな事はなく、ほぼ全員テイスティングは初めての様子。慣れない茶器にどぎまぎしながら作業を進めた。
「それからこのように……」
 先生は慣れた手つきでテイスティングポットを逆さにして振り、茶がらをふたの上に取り出した。
「こうして茶葉もチェックします」
 せっかくだから私もやってみようと思ったのだが、ひっくり返してアチー! となるのがオチだな、と他の人がやるのをぼんやり眺める。これだけ人が集まると器用な人がいるものだ。つつがなくテイスティング用の紅茶三種類が出来上がった。
「ではスプーン一杯ずつミルクを入れてみましょう。まず水色を見て下さい。フルリーフよりブロークンやCTCの方が茶色が濃いですね。もう少しミルクを入れても良いかな? というくらいの色です。あと、フルリーフが一番澄んでますね。紅茶は味だけでなく『美味しそう』と思える見た目が重要なポイントです」
 私はお茶の見た目なんて一度も気にした事がなかったので驚いた。そういうものなのか。
「では一口ずつスプーンで飲んでみましょう。このように……」
 先生はズズズーッと派手な音を立てて紅茶を飲んで見せた。
「みそ汁みたいな感じに」
 みそ汁だってそんな風に飲まないよ、先生。先生はあくまで品良くニコニコ笑っている。
「甘さや苦さや酸っぱさ等、味覚を感じる場所は舌のあちこちにバラバラにあるんです。その全てを使うためには、舌全体にお茶が当たるようにしなければいけません。音を立てる事にはちゃんと意味があるんですよ」
 そう言われても、初対面の人の前でズズズズお茶を飲むのは恥ずかしい。なるたけ舌全体にまんべんなくお茶が行き渡るようにしながら、一口ずつミルクティーを飲んでいった。
「みなさん、どれが一番美味しく感じましたか?」
 三種類のうち気に入ったものに手を挙げた。私はCTCに。
「嗜好品の味の感じ方は人それぞれですから、正解というものはありません。でもおそらく、香りを最も強く感じたのはフルリーフだと思います」
 香り! 見た目同様香りなんて全く気にしなかった。
「逆にCTCは、香りが弱めで味がしっかり出ますね。ブロークンは香り、味ともにフルリーフとCTCの間くらいです。今後はこのテイスティングを参考にして、自分好みのミルクティーを淹れて下さい」
 やはり私は濃い目が好きなんだ、といういつも通りの結論を得て、次は「チャイの淹れ方」 お店でしか飲んだ事のないものを作れるというのでワクワクだ。思えばこんなに「濃い」紅茶の淹れ方は他にない。結婚前、アフタヌーンティー・ティールームに行くたび注文していたのを懐かしく思い出しながら、鍋の水が沸騰するのを待った。
「今日は使いませんが、スパイスを入れる場合はこの段階で入れます」
「えっ、出来上がってからじゃダメなんですか?」
 手も挙げずに質問する。実を言うと、自分でミルクティーを淹れた時、チャイ風にしたくて上からシナモンをかけた事があるのだ。
「スパイスは水に、茶葉は熱湯に、です」
 なるほど、それなら粉っぽい仕上がりになって無駄にせき込む事もない。
 お湯が沸いたら茶葉を入れる。やはりアッサムの、シロニバリという紅茶だった。
「CTCなのでちょっと分かりにくいですが、茶葉が開いたのを確認して、牛乳を入れて下さい」
 黒に限りなく近いこげ茶の紅茶に、水の三倍はある牛乳をドバー! 濃い目狂にはたまらない光景だ。
「ぽつぽつ泡が出て来ますね? これが鍋のまわりを一周したら出来上がりです」
 茶こしでこしながらカップに注ぐ。
「砂糖を加えるのは邪道、と思う人がいるかもしれませんが、僕はぜひ入れて欲しいです。おすすめします。コクが出ますから。だまされたと思って」
 そこまで言われたら、普段はめったに甘い飲み物を飲まない私も入れない訳にはいかない。一さじ、さらり。
「美味しい!」
 それまで初対面同士の十人の間に漂っていた緊張感が、一気にほぐれた。私も思わず目の前の女性に微笑みかける。にっこりしてうなずいてくれた。さっきまでは、視線を合わせる事がひどくぶしつけな気がして、お互いうつむきかげんで話を聞いていたのに。
 それからは全員なごやかな雰囲気に包まれ、おしゃべりをしたり、先生に質問したりして、ミニ講座は終わった。
 帰り道、私はついつい表情がゆるんだ。
「これはもう、基礎コース受講決定だな」
 あのチャイを飲んだ瞬間の感じ。あれは絶対「寂しい病」の治療に効き目があるはずだ。
 その予想はしっかり的中した。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:27| 【エッセイ】ど素人お茶談義 | 更新情報をチェックする