2008年10月23日

ど素人お茶談義(その6)

◇お茶友達◇
 ミニ講座は一回で終わりなので、いくらなごやかな雰囲気に包まれたといっても、そこで誰かと友達になれたりはしなかった。しかし基礎コースは同じメンバーで五回集まる。講義とテイスティングが終わった後のティータイムで、ケーキを食べながらゆったりとおしゃべりが出来る事もあり、数回通ううちにすっかり親しく話せるようになった。何しろ全員がお茶大好き人間。お茶を飲みながらお茶の話をするといくらでも盛り上がれるのだ。
 別にうんちくを傾け合うのではない(そんなだったら嫌な感じだな)たとえばこんなたわいもない話だ。
「食事の時って何を飲む? 緑茶? それとも紅茶? うちは旦那の希望でほうじ茶なんだけど」
「麦茶」
 そう答えたのは、イギリス旅行で大量のアールグレイを買って帰った事もある紅茶好きのTさん。いくら紅茶好きでも、食事の時にはあっさりした飲み物の方が良いらしい。
「フレーバーティー(香り付きのお茶)も食事には合わないよね〜 Fさんは?」
「みんな食事中に、お茶飲むの?」
「えっ?」
「食事中に飲むのはみそ汁とか、スープでしょう。お茶は、ごはんを食べ終わった後、そのお茶碗についで飲むの」
 Tさんと私は声をそろえて叫んだ。
「古風だねー!」
 Fさんはまだ二十歳の、おしゃれで可愛い女の子だ。その意外性に驚いた。
「おばあちゃんっ子だからかなぁ?」
「でもそれ、すごい由緒正しい飲み方だよ」
「カテキンでお茶碗も殺菌出来るし、合理的」
 始終こんな調子だ。
 話を聞いてみると、ルピシアの前身であるレピシエが紅茶メインのお店だった事もあり、基礎コースに集まった受講者たちも紅茶に一番強い興味を持っているようだった。しかし基礎コースでは紅茶だけでなく、日本茶や中国茶などについてもまんべんなく学ぶ。
 ハーブティーや麦茶などを除き、紅茶・緑茶・ほうじ茶・烏龍茶・プーアル茶などは全て、茶の木(つばき科のカメリアシネンシス)が原料になっている。産地や、カメリアシネンシスの中でもどの品種を使うか、などによっても味は変わるが、最も大きな違いは「発酵度」だ。発酵と言っても菌によるものではなく、お茶の葉に傷をつけて酸化させる事を言う。緑茶は「無発酵」で、烏龍茶は「半発酵」、紅茶は「完全発酵」だ。切ってしばらくしたりんごやバナナが変色するのと同じ仕組みで、あれほどのくっきりした色の違いが生まれる。ほうじ茶は緑茶を焙じた(加熱して少々焦がした)もの、プーアル茶は他のお茶とは違って菌を使って発酵させたものだ。
 この幅広いお茶全体を見渡す第一歩として、一回目の講座では発酵度の違う三種類のお茶をテイスティングした。セイロンの紅茶と、台湾の烏龍茶である名間金萱(みんちぇんきんせん)、そして日本の緑茶。ミニ講座と同じ茶器に茶葉と熱湯を入れ、三分待つ。
「何これ!」
 テイスティングポットのふたを開け、名間金萱のふやけた茶葉を見て驚いた。一切切られていない、枝の先に生えた葉っぱそのままの形で、ポットから飛び出しそうなほどあふれ返っている。お湯を入れる前までは、あずきより小さなつぶつぶだったのに。「ふえるわかめちゃん」を思い浮かべてもらえれば分かりやすい。紅茶と緑茶の茶がらが底の方にちんまり張り付いているのとえらい違いだ。
「すごいですねぇ」
「ねぇ」
 顔を見合わせながら、その名間金萱を一口、ごくり。
「美味しい!」
 甘い、花のような香りに、緑茶をまろやかにしたような優しい口当たり。全く苦くない。
「これ、烏龍茶ですよね」
「そうです。間違ってないですよ」
 思わずテイスティングカップの位置が入れ替わってないか確かめる。
 実を言うと私は、缶やペットボトルの烏龍茶があまり好きではない。苦いというか渋いというか、飲んだ時にのどに残るような気がして、それしか飲むものが無い時以外はなるたけ避けるようにしている。それゆえわざわざ烏龍茶の茶葉を買って自分で淹れるなど考えたためしもなかったのだが、この香りと味は一体何なんだ。お茶の水色も茶色ではなく淡い黄緑で、あのペットボトル飲料と同じ名前がついているのが信じられない。
「みなさん、どのお茶が一番美味しかったですか?」
 先生の質問に、ほとんどの受講者が名間金萱を選んだ。やはりみな、私と同じような衝撃を受けたのだろう。
「カタログを見てみたけど、別に高いお茶って訳じゃないのね」
 その後のおしゃべりでも、この「台湾烏龍茶ショック」の話題が何度も出た。
「私、前にも美味しい烏龍茶を飲んだ事があるの。何ていうのかな…… ミルクを入れてないのにミルクティーみたいで、すごい良い香りで」
 フレーバーティー好きのMさんが、困ったような喜んでいるような不思議な調子で言う。
「何てお茶?」
「それが覚えてないの!」
「やっぱりナントカ金萱なんじゃないのかな? 金萱種はミルキーって説明に書いてあるよ」
 金萱というのは茶の木の品種だ。ナントカの部分には地名が入る(「名間金萱」は「名間」郷という場所で作られた、「金萱」種を原料とした烏龍茶)台湾烏龍茶の名称はたいていこの構成になっている。
「台湾茶の専門店に行ってみない? 前から気になっている所があって、ここからけっこう近いんだけど」
 そう言い出したのは、紅茶だけでなく日本茶にも詳しいSさん。彼女も中国茶に興味を持ち始めたのは最近のよう。
「行くー!」
 MさんにSさん、それに前述のTさん、Fさんも一緒に、大江戸線で麻布十番へ。向かったのは竹里館(たけうらかん)という茶藝館だ。茶器や茶葉を売っているだけでなく、喫茶店のようにその場でお茶や料理を楽しめるようになっている(注:二〇〇五年十二月から一年半ほどの間はリニューアルのため予約制のサロンのみ営業)
「わあ、色々な種類があるね」
「蓋杯か工夫茶のどちらかを選べるみたいだよ」
「じゃあ私は蓋杯で」
「せっかくだから工夫茶にしてみよう」
 蓋杯は中国の伝統的な茶器で、背の低い、口の開いた湯飲みにふたとお皿がついている。湯飲み部分に直接茶葉を入れてお湯を注ぎ、ふたで茶葉をよけながら飲むのが特徴だ。工夫茶は台湾のお茶の飲み方で、基本は日本の緑茶の淹れ方に似ているのだが、茶壷(日本の急須を一回り小さくした感じのもの)の上にお湯をかけたり、独特の作法があるのが特徴だ。もちろんそのお湯はテーブルの上にダラダラ流すのではなく、茶器の下に最初から水受け用の茶盤という箱を置いておく。
 このように飲み方を選べる場合、同じお茶でもたいてい工夫茶の方が高い値段設定になっている。茶器の多さと準備の手間を考えれば当然だろう。しかし「台湾のお茶を飲んだぞ!」と満足感が得られるのは工夫茶の方だ。それに、
「あちっ!」
 蓋杯を選んだ私は唇をやけどした。急須からそのまま飲むようなものだから、茶杯(工夫茶で使う小さな湯飲み)のお茶より熱いのだ。のんびり待っていたらお茶が出切ってしまうし、なかなか難しい。工夫茶を選んだ友人たちの前には豪華な茶器が並び、非日常空間が生まれている。滅多にない経験なんだからケチらなきゃ良いのにね、私も。
 それぞれお茶を使った料理(私はプーアル茶で炊いたおかゆ)を食べ、やわらかい味と香りの烏龍茶を飲みながら、お茶の話、出身地の話、仕事の話と、大いに盛り上がった。Mさんも、
「これがあの!」
 というお茶は見つけられなかった様子だったけれど、
「大阪に引っ越した時、道行く人の話し方が全員明石家さんまみたいでびっくりした」
 という話を面白おかしくしてくれたりして、とても楽しそうだった。もしかしたら話に夢中でお茶の味の確認は忘れていたのかもしれない。
 知り合って間もない人間同士を、お茶の味を忘れさせるほど盛り上がらせるお茶の力ってすごい。そう改めて思いつつ、充実した気持ちで帰途についた。
 その後「寂しい病」はどうなったか? 簡単に想像出来ると思う。寂しくなくなれば寂しい病は静かに去っていくのだ。本人が気付きもしないうちに。 
posted by 柳屋文芸堂 at 11:25| 【エッセイ】ど素人お茶談義 | 更新情報をチェックする