2008年10月23日

ど素人お茶談義(その7)

◇キームン紅茶に恋をした◇
 前章では台湾烏龍茶を初めて飲んだ時の衝撃と喜びについて書いたが、名間金萱以上に「恋をした」お茶がもう一つある。キームン紅茶だ。
 これを初めて飲んだのもやはりティースクールの基礎コースで、手元に残っているテイスティングメモには、
「大好きだ……」
 と情熱的な愛の告白の言葉が残っている。
 キームン紅茶は中国安徽省の祁門(キームン)県で作られる紅茶で、味も香りもインドやセイロンのものとは全然違う。あまりに一般的な紅茶のイメージから離れているので、
「何これ、中国茶みたい!」
 と叫ばずにはいられない。正真正銘の中国茶なんだから「みたい」も何もないのだが。
 一番の特徴は「火香」と呼ばれる煙いような、香ばしいような独特の香りだ。紅茶の紹介文ではよく「スモーキー」と表現される。水色は濃いが苦くはなく、少し甘みを感じるほど。
「これを家でも飲みたい」
 私は深く考えもせずキームン紅茶を買って帰り、ウキウキとした気持ちでDちゃんに淹れてあげた。
「これ、エリザベス女王がお誕生日のお茶会に飲むらしいよ」
「……」
「イギリス人は、この香りでアジアを思い浮かべるんだって」
「……」
「世界三大銘茶の一つなんだよ」
「……」
 うんちく攻撃にも無反応のD。ちなみに世界三大銘茶のもう二つはインドのダージリンとセイロンのウバだ。
 長い長い熟考を終え、Dちゃんは口を開いた。
「僕はこれ、ちょっと……」
「ええー! 美味しくない?」
「何ていうか、紅茶じゃないみたいなんだもん……」
 私はふと気付いて、言った。
「もしかしてこれ、クセが強いお茶?」
「強いよ!」
 好みの紅茶を見つけた喜びですっかり忘れていた。私が「美味しい」と感じるものは、たいてい普通の人にとっては「クセが強過ぎる」のだ。初めてナンプラーとココナッツミルクの入ったタイカレーを食べた時にも、ゴーヤや豚足やモツを使った沖縄料理に出会った時にも、
「美味しい、美味しい!」
 を連発しながら無我夢中でモシャモシャ食べ、それが一般的には「クセの強い食べ物」と言われている事になんて気付きもしなかった。クサヤと塩辛が常備され、おやつに炒ったギンナンの出て来る家で「クセ」の英才教育(?)を受けて育ったのだから仕方ない。
 ティースクールの基礎コースに続く紅茶コースでは、嬉しい事に四種類のキームン紅茶を飲み比べる事が出来た。普通のランクの「祁門紅茶一級」その一つ上の「祁門紅茶特級」最高級品である「祁門毫芽(ごうが)」キームン紅茶を花の形に束ねた工芸茶「紅牡丹(べにぼたん)」だ。
 まず香りは「祁門紅茶一級」が最もスモーキーで、「祁門紅茶特級」はそれに甘さが加わり、「祁門毫芽」はスモーキーさより甘さが際立って花を思わせる。
 味は「祁門紅茶一級」が最もさっぱりしていて、「祁門毫芽」は深みがあり、とても繊細で上品な感じがする。「祁門紅茶特級」はその間くらいだ。
 「紅牡丹」は前述の三つより優しい口当たりで、キームン紅茶が苦手な人でも飲みやすいのではないかと思った(クセ大魔王の舌が判断した事だからあんまり信用出来ないけど)
「確かに祁門毫芽が一番甘くて品が良いね。紅牡丹も美味しかったぁ。でも特級も一級も全部大好き……」
 私が夢見るように言うと、Sさんが困ったように答えた。
「私、どれもこれもスモーキーで違いが分からなかったよ」
 Sさんは決して味覚の鈍い人ではない。特に日本の緑茶に関しては敏感で、私が、
「全部同じなんじゃ……?」
 と感じた三種類に対し、
「全然違うね。こっちの方がずーっと高級品」
 と当然のように微笑み、優れた舌の持ち主である事を知らしめた。私は全部同じに感じたとも言えず、中途半端な笑みを返すより他なかった。 
 不思議な事だが、人によって細かく感じる味は違うらしい。私の場合、クセのあるものに対する味覚の精度はかなり高いようだが、一般的なものや、さっぱりしたものに関しての味覚はかなり大雑把だ。
「塩辛は新潟加島屋のいかげそ塩辛に限る」
 なんてこだわりを見せるくせに、豆腐や蕎麦は高かろうが安かろうが、
「味が無くてつまらん!」
 の一言だ。そうしてシソだのミョウガだのショウガだのワサビだのゴマだの青のりだのをバサバサかけて、それが一体何の食べ物なのか分からなくしてしまう。
「味覚が壊れてるんじゃないの?」
 Dちゃんはいつもあきれ果てて言う。
「違うもん! 育った環境のせいだもん! 塩漬けのウニは高いやつしか食べられないもん!」
「ウニを食べる時点でなぁ……」
 Dちゃんは「色が気持ち悪い」と言ってウニを食わず嫌いしているのだ。
「そんな保守的な人の意見は聞きません!」
 こんな分からんちんにあの美味しい紅茶を飲ませる必要はない。という訳で私はキームン紅茶を自分一人で飲むと決めた。
 誰かと一緒に「お茶をする」のももちろん素敵だけれど、自分のためだけの特別なお茶があるのもなかなか乙なものだ。たとえばちょっと面倒な作業(私の場合、掃除や皿洗い)を始める前にキームン紅茶を淹れておけば、やる気が出る。
「終わったら飲むぞ!」
 と決めて頑張っても良いし、冷める前に飲んで、
「ふぅーっ」
 とリラックスしても良い。どちらにしても作業をする面倒臭さや億劫さが半減するのだ。
 キームンは紅茶では珍しく何煎も出るお茶だから、小説やエッセイを書くお供にも向いている。ティーポットにお湯を足しながらちびちびちび。パソコンの上にこぼさないよう注意しながら(幸い一度も失敗はない)
 中国ではキームン以外にもラプサンスーチョン、テンコウなど様々な紅茶を生産している。しかしほとんどが輸出向けで、現地ではあまり消費されていないらしい。中国人が好むのは紅茶でも烏龍茶でもなく緑茶なのだ。けれどそれを知っても私は心配で仕方ない。
「経済発展でキームン紅茶を飲む人が増えて、日本に入って来なくなっちゃったらどうしよう!」
「それはないな。だって美味しくないもん」
 キームン紅茶はとことんDちゃんに嫌われてしまったようだ。
 こんな我らにぴったりのお茶を、友達がプレゼントしてくれた。茶語というお店の茘枝(れいし)紅茶だ。これは紅茶の茶葉にライチ果汁を加えて香りを付けたもので、キームンではないようだが、中国産の紅茶を使っている。
「やっぱりインドとかとは違う紅茶の味だよね。キームンに近い」
「うーん、言われてみれば、そうかな」
「これは平気なの?」
「香りが良いからね。全く問題なし」
 この紅茶なら、私はキームンの気分をほんのり味わえるし、Dちゃんも満足出来る。しかもライチ果汁のせいか、一口目、ちょっとお酒みたいな感じがするのだ。
 夫婦円満に安心して、下戸ほろ酔い。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:24| 【エッセイ】ど素人お茶談義 | 更新情報をチェックする