2008年10月23日

ど素人お茶談義(その8)

◇お茶と食べ物の組み合わせ◇
 キームン紅茶の例でも分かるように「何げなく買って帰ったお茶が波瀾を巻き起こす」という事が、我が家の場合、よくある。
 夏の初めのある日。私はアイスティー用のお茶を求めに近所のルピシアに行った。
「アイスにするならやっぱりアールグレイかな?」
 アールグレイというのは茶葉の産地の名前ではなく、「ベルガモット」という柑橘類の香りを付けた紅茶の事を言う。この香りは清々しく冷やしても消えにくいので、レストランのアイスティーにもよく使われている。喫茶店のメニューなどでは「ダージリン」「アッサム」「アールグレイ」という風に並んでいるので、それぞれ全く別の紅茶のように思うが、ベルガモットの香りを付けた「ダージリンのアールグレイ」というのも存在する訳だ。ルピシアにはキームンやセイロンなど産地の異なる茶葉をベースにした数種類のアールグレイがある。
 さて、どれにしようか。
「おっ、珍しい」
 私はベルガモットの香りの付いたルイボスティーを手に取った。ルイボスとは南アフリカ産のハーブで、茶の木(カメリアシネンシス)から採れるお茶ではない。 
「カフェインフリーでミネラルを豊富に含み、吸収されやすいので、水分補給に最適…… ほうほう。暑い時ガブガブ飲むのにぴったりではないか!」
 一応店員さんに確かめてみた所、飲みにくい味ではないと言われたので、安心して購入した。
「……というお茶なんだけど、Dちゃん、どう?」
「ダメだよ〜 やっぱりクセがあるよ〜」
 またかい!
「私は全然平気なんだけどねぇ…… 確かにちょっとベルガモットがきついかな?」
「それに紅茶と違ってスーッとした香りがする。ミントみたいな」
 Dちゃんはティーカップを見つめて熟考の態勢に入った(私と違って何においても深く考えるのだ)
「これ、アジア料理に合うんじゃないかな? クセにはクセだよ」
 なるほどなるほど、と深くうなずき、私はベトナム料理の「フォー」を作る事にした。こういうきっかけがなくても、我が家では割によくアジアの料理が食卓に上る。サブジ(野菜のカレー炒め。インド料理)、サグチキン(ほうれん草をベースにした緑色のチキンカレー。インド料理)、キーママータ(ひき肉とグリーンピースのカレー。インド料理)、ナシゴレン(ピリ辛チャーハン。インドネシア料理)、空芯菜の炒めもの(タイ料理)……
 毎度食べるたび、
「ああ、故郷の味!」
 と叫ぶほど私はこれらの料理が好きだし、Dちゃんもスパイスの持つクセや辛みが平気なせいか、喜んで食べる。
 「フォー」は米から作られた平べったい麺を使ったうどんのようなものだ。鶏がらスープにナンプラーで味を付け、香菜(コリアンダー)の葉を散らす。独特のアジア〜ンな香りを顔一面に受けながら、麺をズズーッとすすり、ルイボスティーをゴクゴクゴク。
「うん、やっぱり合うね!」
 満足そうなDちゃんの様子を見て私も嬉しくなった。しかし、ルイボスティーを減らすためには毎回アジア料理を作らねばならないのか…… と思うとちょっと遠い目をしてしまう。麦茶みたいな感覚で気軽に淹れたかったのにな。
 そのままでは飲みにくかったのに、食べ物によって飲みやすく(さらには「美味しく」)なるお茶は他にも色々あって、まず思い浮かぶのは「プーアル茶」だ。このお茶は菌(コウジカビ)を使って発酵させるので、お茶を紹介する本ではたいてい「クセが強い」という説明が付く(「カビ臭い」などと言われる事も)けれど私にはこれが不思議でならなかった。中華料理屋でほうじ茶みたいにカプカプ飲んでいたからだ。
「やっぱり私がクセに強いせいなのかな?」
 だがしかし、キームン紅茶やルイボスティーと違う点がある。Dちゃんも私と同じ時間・同じ場所で、クセを感じずプーアル茶を飲んでいたのだ。
 ためしに茶葉を買って来て家で淹れてみた。
「あっ、ほんとだ! クセがある」
 味はまろやかなのだけれど、ゴクゴク飲むのをためらわせるような古びた香りが鼻に残る。カビ臭い、とまではいかなくても、紅茶や烏龍茶のような良い香りではないのは確かだ。
「濃いんじゃない?」
 プーアル茶は成分がお湯に溶け出しやすいお茶だ。油断していると水色が真っ黒になってしまう。私は最初それを知らなかったので、Dちゃん好みの薄いお茶を淹れられなかった。
「お店のはもっと薄かった気がする」
「そうかなあ?」
 プーアル茶の潜在能力は恐ろしい。急須の底にお湯が残っていようものなら、みるみるそこに成分が溶け出して、二煎目も真っ黒だ。
「うわあ〜」
 お湯で薄めた二煎目は、一煎目より飲みやすかった。それでもクセは残っている。
「お店と何が違うんだろうね?」
 クセがあろうとなかろうと、一度買ってしまったお茶は使い切らなければもったいない。せっかくの中国茶だし、と、今度は油をたっぷり使ったチンジャオロース(ピーマンと豚肉の細切り炒め)と一緒にプーアル茶を出してみた。
「ああっ! この味!」
 それはまさしく中華料理屋で飲んだプーアル茶の味だった。一口、口に含むたび、デートで通った有楽町のお店を思い出す。いつもお腹いっぱい食べ過ぎて、二人で体を支え合いながらヨロヨロ帰っていったっけ……
「一度目みたいにクセを感じないね」
「不思議〜」
「油っこい料理と一緒だとこうなるんだ」
「美味しいねぇ」
 それからは、中華料理を作るたびにプーアル茶を出すようになった。いや、それより、「プーアル茶が飲みたい」と思った時に中華料理を作る、と言う方が正確だ。香味野菜と山椒(花椒の代用。うなぎ用が余ってるんだもん)をきかせた麻婆ナスなんかにもプーアル茶は本当によく合う。洗茶(一煎目を捨てる事)をすると水色は濃く、香りと味はやわらかくなると分かり、今では二人ともすっかりプーアル茶を楽しめるようになった。
 油とお茶はとても相性が良いようで、スパゲティーとダージリン紅茶も、よく合う。インド・ダージリンの紅茶は「紅茶のシャンパン」と称されるほど香り高く、人気があるが、その一方で、
「苦くてあまり好きじゃない」
 という人が紅茶好きの中にも意外に多い。水色が淡い割に、春摘み(ファーストフラッシュ)は日本の緑茶のような渋みが、夏摘み(セカンドフラッシュ)は紅茶特有の香ばしいような苦みが出やすいのだ。
 余談だけれど、私は紅茶についてまだ良く知らなかった頃、
「ファーストフラッシュは一番茶、セカンドフラッシュは二番茶だから、ファーストの方がセカンドより格が上に違いない」
 と勝手に考えていた。実際は全くそんな事はなく、世界的に見ればどっしりした味わいのセカンドフラッシュの方が需要が多いらしい。
 日本茶で一番茶(新茶)が尊ばれるのは、春の新芽の青々とした風味が生きるお茶だからだ。初物好きの日本人の心情がさらに価値を上乗せする。
 ダージリン紅茶のファーストフラッシュ・セカンドフラッシュは、「格が違う」というより単に「味が違う」と考えた方が正しく、ファーストフラッシュは発酵を弱めにして新鮮な若葉の香りを残しているので、緑茶のような味になり、セカンドフラッシュは完全発酵で紅茶らしい味と香りを思う存分引き出している。つまりファーストフラッシュは紅茶の中では少々変り種で、緑茶を好む日本人と、ハーブティーを好むドイツ人に人気があるようだ。確かに植物(茶)が本来持っている味と香りを楽しむ所がハーブティーによく似ている。
 ダージリンには秋摘み(オータムナル)というのもあって、この試飲会にDちゃんを連れて行った。オータムナルはファースト・セカンドほどはっきり特徴が分かれておらず、農園ごとに青みが強かったり香ばしさが強かったり、様々な種類のダージリンをテイスティング出来た。
「ねえ、これ良いんじゃない? 軽い味だよ」
「ええー! 僕はダメ……」
「これは苦いよねぇ?」
「僕はこれが良いな」
 相変わらずかみ合わない会話を繰り返した結果、Dちゃんが「香ばしい苦み」は全く平気なのに「青々しい渋み」は全く受け付けない、という事が分かった。これはおそらく緑茶を飲む習慣がない家で育ったせいだろう(彼の家は紅茶とほうじ茶が日々のお茶)結婚前まで渋々の緑茶を飲んでいた私には「香ばしい苦み」の方が重たく感じる。意見が合わない訳だ。
 このダージリンの「青々しい渋み」を出さないようにするには、日本の緑茶と同じように、ひと冷まししたお湯(八十五度〜九十五度)で淹れれば良い。お茶は一般的に、
「香りを出すには高温、甘みやうまみを出すには低温」
 と言われる。温度によって溶け出す成分が変わるからだ。ダージリンは香りの強いお茶なので、少々温度が低くても香りが消えたりしないのが嬉しい。
 蒸らし時間を減らす、という単純な方法もある。茶葉の量を減らしても良いが、渋みや苦みと一緒にダージリンらしい味も引っ込んでしまう。
 このようにあれこれ工夫を重ねても、好みの味に淹れられなかった場合、どうするか。
「これはこの紅茶の個性なんだ」
 とあきらめて顔をしかめて飲むか。それとも、
「もうダージリンはやめて、穏やかな味のセイロン紅茶を買いなおそう!」
 と決心するか……
 悩んだ時に出て来るのが、そう、スパゲティーだ(ああ、ようやく話が元の所に戻って来た。戻って来なかったらどうしようかと思ったよ)
 我が家では、トマトソースのスパゲティーをよく作る。カポナータ(ズッキーニ、赤ピーマン、トマトなどの野菜を炒め煮にした料理)風にしたり、モッツァレラチーズを入れたり、ナスとローズマリーまみれにしたり。これらはそのままだとややくどい味だが、ダージリンを用意しておけば飲むたび口の中がさっぱりするので、どんどん食べられる。と同時に、中華料理でプーアル茶のクセが消えたように、オリーブオイルとトマトの味がダージリンの苦みや渋みをやわらげてくれる。一挙両得というやつだ。
 ダージリン紅茶は味や香りを「花のような」「フルーティー」と表現するし、やはりイタリア料理に欠かせないワインに似た所がある。娼婦風スパゲティー(アンチョビ・ケーパー・とうがらし・黒オリーブなどを入れたトマトソーススパゲティー。色・香り・味が強烈で魅惑的な事からこの名が付いた、という説がある)を真ん中に、右にダージリン紅茶、左にワインなんて夕食を食べると、心の底から幸せになれる。
「美味しいねぇ!」
「合うねえ〜 ワインもお茶も!」
 下戸なので、ワインがお猪口入りなのが情けないのだけど(お猪口一杯以上飲むと倒れる)
 ここまでは料理とお茶の組み合わせについて書いたが、「お茶に合うもの」といってまず思い浮かぶのはお菓子だと思う。しかし残念ながら、私にはお菓子についての知識がほとんどないのだ。Dちゃんと知り合ったばかりの頃、
「僕は洋梨のタルトが好きなんだ」
 と言われて、
「タルトって何?」
 と返してしまったほどの無知っぷり。そしてそれは十年近く経った今でも変わっていない。(今調べてみたら、「タルト」は「果物入りのパイ」の事だそうです。辞書にも載ってるんだ。へえ〜)
 甘いものが嫌い、という訳ではないし、美味しいとも感じるのだが、自分でわざわざ買ったり作ったりするほどの愛がない。喫茶店に入ると、Dちゃんは紅茶とケーキ、私は「外でしか飲めないから」とコーヒーを単品で頼んだりするので、たいてい逆に置かれてしまう。
 Dちゃんはかなりの甘党で、食べるだけでなく作るのも上手だ。結婚前には自分で焼いたクッキーやチーズケーキをプレゼントしてくれたし、最近はりんごのケーキをよく作ってくれる。Dちゃんの実家の家族も甘いものが大好きで、初めて一緒にお茶をした時、全員がケーキを注文したのでびっくりしてしまった。私は母親がケーキを注文したのなんてほんの数回しか見た覚えがない。それだって甘みより酸味の強いレアチーズケーキだった。でもまあ、私と私の家族の方が特殊で(何せクサヤと塩辛とギンナンの家だ)もしかしたらDちゃんの家の方が標準的なのかもしれない。
 好きな分、お店の情報にも詳しいようで、Dちゃんのお家からもらうお菓子は全くはずれがない。新百合ヶ丘にあるリリエンベルグというお菓子屋さんの焼き菓子は、この私でも夢中になってしまう美味しさで、
「一日二個まで!」
 なんていう風に決めておかないとみるみるうちに食べ切ってしまう。ほろほろとした口当たりが濃い目の紅茶によく合うのだが、
「食べたーい!」
 と思い立った時には紅茶を淹れる手間さえもどかしく、口の中を粉だらけにして立ったまま食べてしまったりする。何だか戸棚のぼたもちを、こそこそ口に放り込むいたずら坊主のようだ。
「せっかくのお菓子なんだからちゃんとお茶と一緒に食べて……」
 とDちゃんが何度嘆いただろうか。
「のり子さんは甘いものが苦手だから」
 と気を遣って(苦手というほどじゃないのだけど)おせんべいを送ってくれる事もあり、その中では播磨屋本店の詰め合わせが最高だった。
 サクサクと軽い歯ざわりの揚げせんべい「朝日あげ」黒大豆の入ったおかき「御やきもち」焼きおにぎりの表面みたいな「助次郎」青のりたっぷりの「のりおかき」……
 どれも味が上品で素晴らしく、何より堅さが私好みの「やわらかめ」なのがありがたい(歯の強度に自信がないので堅焼きのおせんべいは苦手。前歯でバリッとするのが怖くて飴のようにペロペロ舐めてしまう。情けないなぁ)いつか東京本店(虎ノ門)に行って、全ての商品を徳用大袋で大量に買って帰るのが夢だ。
 会社の名前をど忘れしてしまったのだが、枝豆、舞茸、カニ、海老など色々な味の薄いおせんべいの詰め合わせも、
「さて今日はどの味にしよう」
 と選ぶのが楽しくて良かった。これも確かあっという間になくなってしまった気がする。
 これらには緑茶(煎茶)が合うと思うのだけれど、我が家にある日本茶はほうじ茶だけだ。結婚したばかりの頃には緑茶も常備していたのだが、朝出せば、
「胃が痛くなる」
 夕御飯の時に出せば、
「眠れなくなる」
 とDちゃんが言うので買うのをやめてしまったのだ。どうも彼には緑茶が強過ぎるらしい。
 ほうじ茶の香ばしさも、もちろんおせんべいに合う。しかし食べ物の「しょっぱさ」と対等に戦うためには、もう少し味に重みが欲しい。やはり緑茶だ。熱湯で淹れた渋々の緑茶だ(これは私の勝手な好み。ひと冷まししたお湯で淹れたまろやかな緑茶もきっと合うだろう)
 私の実家では甘いお菓子をあまり食べない代わり、おせんべいは常にあったので、そんな渋々の緑茶と一緒に食べる事もたまにあった。けれども私が一番楽しみにしていたお茶うけは「大根の味噌漬け」だった……
 ううむ、ここまでどうにかこうにか頑張ってお菓子について書いたのに、やっぱり一番はお菓子以外になってしまった。でも、本当に、緑茶と味噌漬けは合うのだ。ダントツトップ! 独走態勢!(言うまでもなく私の独断)
 味噌漬けと言っても、甘みのあるものではいけない。一切れでお茶碗一杯のごはんが食べられるくらい塩辛い、茶色い漬物。これを、こりり、とちょっぴりかじって、緑茶をゴクリ。こりり。ゴクリ。こりり。ごくり。
 塩味と味噌の香りと渋さと苦さと青さが口の中で混じり合う。このバランス。ああ、至福。どう考えても体に良い訳がないが、分かっちゃいるけどやめられない。自分で味噌漬けを買ったりはしないので、実家に帰って見つけた時だけ、こりりとゴクリをエンドレスに繰り返す。
 ルピシアティースクールの日本茶コースで緑茶とお茶うけの組み合わせ方を実験した時、おせんべいやようかんと一緒にたくあんが出て来て驚喜した。
「そうなのよ! 緑茶には漬物なのよ! ほんとはたくあんより味噌漬けの方がオススメなんだけど!」
 と大声で熱く語る私。迷惑だ。
 味・食感・材料の違うお茶うけを用意し、緑茶との相性を調べよう、というもので、前述の三つの他にチーズ、チョコレート、クッキーと洋風のものも試した。
 結果は、チーズとクッキーの人気が少々低かったが、
「全然合わない!」
 というものはなかった。緑茶の懐は深い。
「まあ、普段の食事で飲んだりするんだから当然だよねぇ」
 単純に「日本人が緑茶の味になじんでいる(水のような感覚で飲める)」というだけなのかもしれない。
 紅茶コースでも同じような実験があり、五種類の食べ物(ようかん・フランボワーズのムース・メープルシロップのシフォン・イチゴのパウンドケーキ・スモークチーズ)を五種類の紅茶(ダージリン・ニルギリ・キームン・ラプサンスーチョン・ケニア)と一緒に食べた。つまり、二十五通りの組み合わせ。
 事前に先生が苦笑しながらこう言った。
「今日の授業は教室がシーンと静まり返りますよ」
 5×5のます目を前に、スタート。よく合っていれば◎、まあまあ合えば○、合わなければ×、どちらとも言えなければ△を記入していく。感覚の全てを舌に集中するので、
「紅茶と食べ物の味を楽しもう」
 という意欲はすぐさま消え去り、先生の予告通り全員が黙々と実験を進める事になった。
 ニルギリはインドの紅茶でクセがなく、どちらかと言えばミルクティーよりストレートで飲む方が向いている。ケニアの紅茶はたいていミルクティー向きのCTCなのだが、この時使ったのは「カプロレット・フルリーフ」という少々珍しいものでストレート向きの軽い味だった。
 この五種類の紅茶の中で最も個性が強いのは、何と言ってもラプサンスーチョンだ。キームンなんて目じゃない。これは松の葉で燻製した中国紅茶で、そこにある他の全ての臭いが分からなくなるほどの強烈な香りがある。はっきり言って、正露丸とそっくりだ。
 この紅茶、ヨーロッパでは「東洋的」と人気があるらしい。向こうは日本と水が違う(日本は軟水、ヨーロッパは硬水)から紅茶の味も変わる(硬水の方が味も香りもやわらかくなる)……とは言うけれど、本当にみんな美味しいと思って飲んでいるのだろうか? 東洋文化を理解したつもりになるために無理しているんじゃないか?
 クセを愛する私もこればかりはダメで、テイスティングメモには、
「とげぬき地蔵」
 という謎の言葉が残されている。香ばしいを超えてお線香のような煙たい香りが、私の脳みそを東京巣鴨のお地蔵さんに連れて行ってしまったのだ。
「ラプサンスーチョンは最後にした方が良いよ」
「前にラプサンスーチョンを最初に飲んじゃって、他の紅茶のテイスティングが出来なくなった事があったもんね……」
 お互いに注意を促しながら◎○×△をつけていく。
 ようかんと紅茶はあまり合わないなぁ、イチゴのパウンドケーキとダージリンはさすがに美味しい、紅茶と洋菓子が合うのは当然だよね、でもフランボワーズのムースは意外と合うのがないな……
 あれこれ思いながら終盤にさしかかった。いよいよラプサンスーチョン。うええ、と顔をしかめながら試していく。
「おおっ?」
 さすがに何にも合わない、××××、のその先に、驚きが待っていた。
 スモークチーズとラプサンスーチョンが、異常に合うのだ。今まで不味いと感じていたはずの正露丸茶が、スモークチーズと混ざった途端、趣深い魅力的な飲み物に早変わり。クセがなくなる訳ではなく、クセをそのまま保ったまま、それぞれが味を引き立て合う。
 もともと紅茶とミルクが合うのと同じ原理で、紅茶とチーズの相性は良いらしいのだが、さらにこれは両方とも燻製なのが絶妙なのだろう。スモークとスモークが奏でる美しいハーモニー。
「これ、すごい! 私、ラプサンスーチョン好きになっちゃうかも!」
「ま、まあねぇ…… 他のお菓子よりは、合うよね……」
 どうやら、ここまで感動したのは私だけのようだ。しかし他のお菓子とラプサンスーチョンの組み合わせがほとんど支持を集めなかったのに比べ、スモークチーズに限って受講生の半数以上が○か◎をつけたのだから、あながち私の感想ばかりが変という訳ではないだろう。
 授業の終わり、気になっていた事を先生に質問してみた。
「お茶に合う食べ物を選ぶのが苦手なんですが、どうすれば出来るようになるんでしょう?」
 生まれつきのセンスの問題です、と言われたらどうしよう、と不安だったが、優しい先生はきちんと答えてくれた。
「共通する香りとか、個性を探す事ですね。お茶を飲んだ時に『フルーティーだな』と思ったらフルーツ入りのお菓子を選んだり、『コクが強いな』と思ったら同じようにコクのあるチョコレートを選んだり。たとえばセイロンのウバの紅茶はクオリティーシーズン(旬)になるとサロメチール香という香りが強くなります。これはちょっと鼻に抜けるような、スッとするさわやかな香りなので、柑橘系の酸味に合うんです。なのでオレンジピールの入ったお菓子を合わせたりします」
 ほほう、そうだったのか。私はこれが本当に苦手で、Dちゃんはすごく得意だ。ティースクールから帰ってDちゃんに、
「今日、紅茶と食べ物の組み合わせの実験をしたんだけど、フランボワーズのムースと合うのが意外になくてさぁ」
 と言ってみたら、
「ムースにはミルクティーでしょう」
 と即座に返され、ポンとひざを打った。確かに両方まろやかだし、フランボワーズの酸味があるから重くもなり過ぎない。きっと合う。
 今回の実験は全てストレートティーで行ったので、ミルク入りのアッサムティーでも入っていれば、また違った組み合わせの喜びが見出せたかもしれない。まあ、二十五通り試すだけであっぷあっぷだったけど。
 キームン紅茶に恋をした時にはすぐに自分で茶葉を買ったが、さすがにラプサンスーチョンはそこまでしなかった。いくらスモーク二重奏に感激したと言っても、一袋使い切る自信が全然ない。
「あの組み合わせは美味しかったなぁ…… もう一回やってみたいなぁ……」
 私のそんな強い思いを感じたのか(はたまた茶葉が売れ残っていたのか?)ティースクールが開催したイベントのおみやげに、ラプサンスーチョンをもらってしまった! だいたい二回分くらいの量で、思いを遂げるのにちょうど良い。私はさっそくスモークチーズを買って来て、ラプサンスーチョンを淹れてみた。
「ケホッ、ケホッ、ケホッ、な、何それ〜!」
 驚き、煙い香りにむせ返るD。最初からDちゃんは飲むはずがないと確信していたので、ティーポットではなく茶こしつきマグカップを使った。これなら自分一人の分だけ淹れられる。しかし強力な正露丸香はマグカップのふちを軽く飛び越え、部屋に充満してしまった。
「ケホッ! 煙いよ〜 目が痛くなっちゃうよ〜」
「そこまですごい?」
「すごい」
 あきれるDちゃんを前に、スモークチーズをかじり、ラプサンスーチョンをごくり。
「うーん、やっぱり合うね〜」
 この茶こしつきマグカップ、茶こしの部分がプラスチックで出来ているため、しばらくの間ラプサンスーチョンの香りが染み付いてしまった。
「普通の紅茶を淹れてもキームンみたいになるんだよ」
「どっちも煙いからねぇ」
「何だかお得」
「まったく……」
 イギリスでは、ラプサンスーチョンとスモークサーモンを合わせるのが定番のようだ。ティースクールで知り合ったTさん、Sさんと、
「アフタヌーンティーツアーをしよう!」
 と自由が丘のセントクリストファーガーデンに行き、かの有名な三段重ね(デザートとスコーンとサンドイッチが載っているやつですな)を注文した時の事。
 季節の果物をあしらったデザートはみずみずしくて美味しかったし、クロテッドクリームつきのスコーンもさくさくしていて私好みだった。それでも私に最も深い印象を残したのは、ディル(香草の一種)が入ったスモークサーモンのサンドイッチだった。もともとディルが大好きなせいもあるが(白身魚のスパゲティーを作る時によく使う。これまたクセが強いので苦手な人も多いらしい)やはりサンドイッチとして非常にバランスの良い味だったのだろう。思い出すだけで口の中に香りがふわっとよみがえる。ああ、お腹が空いて来た……
 このお店にはラプサンスーチョンがなかったし、あったとしても二人に迷惑をかける訳にはいかないから、無難にダージリン紅茶を頼んだ。それももちろんアフタヌーンティーセットにぴったり合ったけれど、いつかまたどこかであんな風に美味しいスモークサーモンのサンドイッチに出会ったら、ラプサンスーチョンと一緒に楽しみたいものだ。
 サンドイッチくらい家で作れる?
 いやいや、またDちゃんがケホケホせきこんだら可哀想だもの。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:23| 【エッセイ】ど素人お茶談義 | 更新情報をチェックする