2008年10月21日

その音の響く夜に(その5)

「俺があんまり遅いから、父ちゃん、寝ちまったみたいだ。」
 少年が長屋の引き戸を開けると、その奥はすでに真っ暗だった。なっちは少年に手を引いてもらって、どうにかこうにか布団の所にたどり着いた。
「父ちゃんと俺の分しか寝床を作れないんだよ。狭くて悪いな。」
「ううん。泊めてもらえて嬉しい。」
 なっちはハッピを脱ぎ、体操着とショートパンツだけになって、「かいまき」のように袖がある掛け布団の中にもぐり込んだ。ちょっとほこりっぽい匂いがしたけれど、寝心地は悪くなかった。
「寒くないか?」
「大丈夫。」
 少年も少し薄着になって、なっちと同じ寝床に入った。そしてどちらの体も布団からはみ出さずに済むように、背中と背中をぺったりとくっつけ合った。
「あったかい。」
 その言葉に満足した後、少年は体をくねらせて、顔だけをなっちの方に向けた。
「そういや聞いてなかったな。お前、名は何て言うんだ。」
「私は、なち。高田奈智。みんなからは『なっち』って呼ばれてる。」
「俺は一太。父ちゃんは銀。ここいらでも指折りの、腕の良い鋳物師だ。」
 一太は父親を心底誇りに思っているらしく、雲一つない青空みたいな、気持ちの良い声を出した。
「鋳物師ってなあに?」
「鉄を熔かして色々な物を作る職人だよ。父ちゃんは釜を作ってる。」
「カマ?」
「釜だよ釜。お、か、ま!」
 オカマ?
 なっちはテレビ番組にたまに出て来る、派手でおしゃべりなオジサンみたいなオバサンたちの事を思い浮かべた。
「鉄でオカマを作るの?」
「そうだ。鋳型には砂も使う。」
 鉄と砂でオカマ…… 変なの。
 勝手な想像と、疲れと寝床のあたたかさが、なっちを眠りの世界へ引っ張っていった。それでも恩人に断りもせず寝てしまう訳にはいかないと思ったのか、か細いフワフワした声でつぶやいた。
「おやすみなさい。」
posted by 柳屋文芸堂 at 22:47| 【中編小説】その音の響く夜に | 更新情報をチェックする