2008年10月21日

その音の響く夜に(その7)

「おい。おい。」
 背中を揺すぶられたような感じがして、なっちはうっすらと目を開けた。
 自分の背中に触れているのは、一太の骨張った背中だけだ。ぼんやりした頭で考えるに、揺すぶられているのはなっちではなく、一太の肩のようだった。
「おい!」
 今度は大人の男の低い声にどきりとし、自然にぱっちりと目が覚めた。声のする方に顔を向けると、つやつやと光る褐色の腕が最初に見えた。
「何で子供が一人増えてるんだ。おい!」
 視線を上げてゆくと、一太によく似た男が片ひざを立てて座っている。
 これが一太の「父ちゃん」か……。
「んー。」
 一太はガバッと起き上がり、両腕を上に挙げて伸びをした。
「迷子だよ、迷子。昨日、砂を採って来た帰りに見つけたんだ。」
 なっちは他人の家の布団で寝ているのが急に申し訳なくなって、あたたかな掛け布団を体から引きはがし、敷布団の上に正座した。肌に直接触れる冷たい空気に、ブルッと体を震わせながら。
 銀は「弱ったな」というような表情で腕を組んだ。そしてなっちの顔をじっと見つめ、言った。
「悪いが今日は『吹き』の日でね、お前さんのうちをさがし回るって訳にいかないんだよ。」
「フキ?」
「火を起こして鉄を熔かす事をそう言うんだ。」
 一太が嬉しそうに説明する。銀は渋い顔のまま続けた。
「おまけに初午が近いと来てる。そのしたくもしなくちゃならねえ。」
「ハツウマ?」
 一太と出会ってから、一体いくつ新しい言葉を聞いただろう、と思いつつ、なっちはまた尋ねた。
「お祭りだよ。」
「えっ、お祭りがあるの!」
 なっちの目がキラキラと輝いた。
「太鼓は? 太鼓たたく?」
「ああ。打つよ。」
 一太と銀がそろってうなずきながら答えると、なっちは勢いよく立ち上がった。
「私も打つ!」
 三人の間にしばしの沈黙が流れた後、銀がつぶやいた。
「初午までここにいるって事か。」
 そこまで考えてはいなかったが、お祭りで太鼓を打つにはそうするより他はない。なっちは力強く首をたてに振った。
「ま、親がさがしに来るまでじっとしてるっていうのも、一つの手だよな。」
 銀は初めて口もとに笑みを浮かべた。「しょうがないな」という気持ちのこもったものではあったけれど。
 一太となっちは二人とも、何か面白い事が始まる予感がして、ドキドキしていた。
posted by 柳屋文芸堂 at 22:45| 【中編小説】その音の響く夜に | 更新情報をチェックする