2008年10月21日

その音の響く夜に(その11)

 三人は食器を片付け、長屋の近くにある鋳物の細工場へと向かった。心配したほど気まずい雰囲気になったりはせず、むしろ二人の気持ちの高揚がなっちにも伝わって来た。一太と銀はこれから始まる『吹き』の事で頭がいっぱいなのだ。
「危ないから、はじっこでじっとしてろよ。」
 大きな建物の中は暗く、強い鉄の匂いに満ちていて、口の中がジャリジャリして来るような錯覚を覚える。決して快適な場所ではないのに、一太と銀はそんな事など全く気にならない様子で、てきぱきと鋳型を用意する。
「あつい……」
 なっちは、自分の額に汗がにじんでいるのを手の甲で確かめた。銀の背たけの倍以上ある巨大な壺のような物から、火がごうごうと噴き出ている。
 一太はもろ肌を脱いで大きなひしゃくの柄をにぎり、その猛火のもとへ向かっていった。肩の汗が赤く照らされて、つやつやと光っている。壺にひしゃくを近付けると、火を扱う専門の職人が栓を砕き、バチバチと激しく火花を散らしながら、熔けた鉄が流れ出て来た。
 オレンジ色に輝くそれはなっちが思うより重たいらしく、一太は歯を食いしばり、早足で運んで来た。
「急げ! 揺らすんじゃねえぞ!」
 鋳型は太い円筒形で、質感は石に似ている。銀はひしゃくを受け取ると、ただちにそのてっぺんの穴から熔けた鉄を流し入れた。
 水のようにさらさらしているけれど、一体あれは何度くらいあるのだろう。少しでも手もとが狂って、足の上にでもかけてしまったら……
 恐ろしい結果を想像し、背中がゾクリとした。そしてなっちはつくづくと、一太と銀の緊張を思った。
posted by 柳屋文芸堂 at 22:42| 【中編小説】その音の響く夜に | 更新情報をチェックする