2008年10月21日

その音の響く夜に(その12)

「ほら、こっちに来てみろ。」
 鋳込み作業が一段落ついたので、銀は細工場の外へ休みに行った。なっちもそれにくっついて行こうとしたのだが、一太に呼び止められた。
「これが父ちゃんの作った釜だ。」
 一太が座っているむしろの上に、底の丸い鉄の入れ物がごろごろと転がっている。当然の事ながら、かまどにちゃんと引っかかるよう、立派なつばが付いている。
「あっ。これ、一太の家にもあったよね。ごはんの良い香りがして来た……」
「お前、本当に知らなかったのか?」
「う〜ん。」
 そう言われれば、テレビの時代劇か何かで見た事があるような気もした。けれど実物を見るのは絶対に初めてだ。
 一太はなっちの奇妙な振る舞いにすっかり慣れたらしく、特に不審がったりせずに、手近な釜の一つをごろんと裏返した。
「鍋・釜の良し悪しは尻を見ると分かるんだ。鉄を注ぐ口がここだから、下手な職人がやるとどうしても汚くなる。」
「ふうん。」
 確かに銀の作った釜に目立った傷などはなかったが、生まれて初めて釜を見る者に、その良し悪しが分かるはずもない。
「父ちゃんの釜は綺麗だし、何より丈夫なんだ。なっちも大きくなって釜を買う時が来たら、ちゃんとひっくり返して選ぶんだぞ。」
「うん。分かった。」
 力強くうなずいてみたものの、そんな日が来るのかどうか、なっちには見当もつかなかった。
posted by 柳屋文芸堂 at 22:41| 【中編小説】その音の響く夜に | 更新情報をチェックする