2008年10月21日

その音の響く夜に(その20)

 繰り返されるチャカマカチャンの合間合間に、即興的なリズムが何度も入る。よく聞いてみると、それらはどれも一太がまず打ち、他の太鼓がまねして続いてゆくのだ。
 初午太鼓を先導しているのは、明らかに一太だった。あれだけ仲間はずれにされていたのに。まさかみんな気が付いてない訳じゃないだろう。
 感動と興奮と、少々の混乱とともに、一回目の初午太鼓は終わった。半てんの袖口で汗をぬぐっていた一太は、なっちが自分をじっと見つめているのに気付くと、にっこり微笑んだ。
「なかなかのもんだろ?」
「うん、すごい。すごかったよ!」
 それからなっちは大吉や小僧たちが離れた場所にいるのをちらりと確認し、続けた。
「一太が一番目立ってたね。大吉は怒らないの?」
 一太はふん、と鼻を鳴らして言った。
「あいつは自分が一番良い役を取ってるつもりなんだよ。俺の事なんて目に入っちゃいないさ。」
 二人の視線の先にいる大吉は、小僧たちに囲まれて満足そうな笑い声を立てている。
「変なの。」
「でもお前だって締太鼓を打てって言ったら嫌そうな顔してたじゃないか。」
「それは……」
 なっちは自分の心の変化にとまどった。ついさっきまで、あんな太鼓、打っても仕方ないと思っていた。でも今は。
「なっち、次はやれそうか?」
 答えは分かってるけどな、という顔で一太は尋ねる。なっちも当然のように大きくうなずく。きらきらと顔を光らせて。
「うん、私、頑張るよ。」
 日が落ちるまでにはまだ間があったが、青空はほんのりくすみ、夕闇のかけらのようなものがちらほらと降りて来ていた。
 なっちはあたりを見回し、「ちびっこ会」の祭りでは見かけない飾りがある事に気付いた。
「何、あの四角いの?」
 それは学校で使うお道具箱くらいの大きさで、木枠に張られた和紙に色とりどりの絵や文字が書いてある。
「ん? ああ、あれは地口あんどんだ。」
「やぐらにもいっぱい付いてる。」
 他にもお稲荷さんの赤い鳥居やへいのきわなど、そこらじゅう地口あんどんだらけだ。
「何が書いてあるんだろう……」
「お。また始まるらしいぞ。」
 大吉と小僧たちが再びやぐらに集まっている。一太となっちが近付くと、先ほど締太鼓を打っていた小僧が一人、すっとやぐらから身を引いた。
「代わってくれるの? ありがとう。」
 そそくさと逃げるその首筋には、川の字みたいな引っかき傷が真っ赤にくっきり残っていた。
「お前ってけっこう怖いのな。」
 一太がてのひらをひらひらさせて爪を見せる。
「私のたった一つの必殺ワザだもん。」
 頼もしいこった、とつぶやきながら一太は締太鼓に着いた。なっちも隣に並ぶ。不思議と緊張していなかった。ドキドキもない。心にあるのは無。
 静寂。
「初午太鼓、ハッ!」
 タタン!
「ハッ!」
 かけ声をかけるのなんて生まれて初めてだった。でもそれはのどの奥から自然に発せられた。まるで何かに導かれるように、太鼓の音も綺麗に響く。
 音の粒、粒、粒。こちらから飛んでゆき、向こうからもなっちを打つ。その勢いはただ聞いていた時とはくらべものにならない。
 欲しかったのは、これだ。「ちびっこ会」のおじさんとケンカしてでも手に入れたかったもの。いや、きっと、それ以上のもの。

 チャカマカチャン
 チャカマカチャンチャン……

 やっぱりこれはまじないの言葉なんだ。だからほらもう、こんなに遠くにいる。

 神様。
 そこにいるの?

 ……
posted by 柳屋文芸堂 at 22:34| 【中編小説】その音の響く夜に | 更新情報をチェックする