2008年10月21日

その音の響く夜に(その22)

「この川沿いのどこかなのは間違いないんだがなぁ。」
 二人が出会った時と全く変わらぬ大きな川のながめ。しかし夜明けが近いので、あたりの空気はほんの少しだけ光を含んでいた。
 白みつつある濃紺の空に残る星は、ちらちらと頼りなげにまたたく。
「あっ。」
「どうした?」
「街灯。」
 なっちは川のほとりの一点をじっと見つめた。
「まだ暗いけど、戻れそうか?」
「うん。帰りたい、って思ったから、きっと大丈夫。」
 遠くの方から初午太鼓の音が聞こえる。幾重にも重なって響く「チャカマカチャン」ここら一帯に点在する全ての鋳物の細工場で、初午の祭りが続いているのだ。
「地面が揺れてるみたいに感じる。すごいね。」
「朝まで打ちっぱなしだ。」
「最後までいられなくて、ちょっと残念だな。」
 一太となっちはお互いの顔を見た。二人とも同じ表情だったので、少し、笑った。
「太鼓、楽しかったよ。」
「俺もだ。」
「一太、とってもかっこ良かったね。」
「なっちもここで育ったみたいに上手かったぞ。」
 本当にここで生まれたんだったら良かったのに、となっちは心の中だけで言った。それがほんの少しだけうそだと、知っているから。
「なあ。」
「ん?」
「もし俺が大人になったら……。西行をして、色んな細工場で働いて、またここに戻って来たら……。」
 きっと今、一太の耳は真っ赤になっている。見えなくたって感じる。何を告白しようとしているのか、分かる。
 本当はすごく聞きたいけど、一太の言葉が聞きたくて仕方ないけど、聞かない。
 私はここにいるべき人間じゃない、のだ。
「私、大人になったら一太の作ったお釜を買うね。」
 一太の目が迷っている。喜んで良いのか悲しんで良いのか。
 きっと寂しさが一番まさっている。でも、かまわない。
「毎日美味しいご飯が炊けるよ。」
「……おう。」
「立派な鋳物師になってね。」
「おう。」
 なっちはさよならも言わずに走り出した。絶対に流すまいと決めていたはずの涙がポロポロとこぼれて、しかしそれをもみ消そうとはもうしなかった。
posted by 柳屋文芸堂 at 22:32| 【中編小説】その音の響く夜に | 更新情報をチェックする